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井上章一『京都ぎらい』

新書大賞20161
でかでかと宣伝され、
カバーの上にカバーとは
最近の本は、こってるんだなあと思わず購入。

さて内容は、だめ。
最初のうちはそれほど
気にならなかったが、
読めば読むほど
作者の劣等感が鼻につきだす。
書いている内容として
参考になることもあれば、
子供の感想文じゃねーんだぞと
突っ込みたくなることもあり。
とにかく文章の雰囲気が最悪。

そもそも
劣等感を抱いている風を装ってはいるが、
この作者は
それなりの地位も名誉も金もある人物であって、
そういうことも本書の中で自分から明かすものの、
かなりしょぼい劣等感でしかないことは明白。

洛中と洛外の差とかいうけど、
そんなもん大小あれど
誰にだってあるし、
ど田舎生まれの私にすら
持ち得るものであって、
しかも限りなくどうでもいい。

恵まれているから
どうでもいいことにこだわって、
洛中人に都合の悪いことがあれば
心の底で喜んでいることを
「演じている」ぐらいにしか見えない。
性格悪そうな年寄だな。
いかにも
年取っちゃいました
って感じの思考の硬直感があるし、
読んでてだるい。

一番理解できんかったのは、
この本が仰々しげな賞を受けてること。
こんな品もない、
学も中途半端な読み物
よく堂々と表彰できたな。
新書はこの程度がふさわしいっちゅーこと?

乾ルカ『森に願いを』

乾ルカ『森に願いを』を読んで。
 一つの話が終わって、主人公が変わったので、短編集かなと思ったけれど、何となく読んでいるうちに、同じ場所、同じ人が出てくるところから、舞台は同じで何らかのつながりがあるんだろうなということに気づけた。登場人物はみんな何か困難を抱えていて、森へと入っていって、庭師の青年や植物とのふれあいの中で、困難と向き合い、折り合いをつけていけるようになっていった。とても読みやすくて面白かった。
 私が子供のころ、大人がうらやましかった。私は学校が嫌いだったからだ。なぜかと言えば、何のためにやっているのかわからない勉強をさせられて、苦しい運動をさせられて、よくわからない技術科目、それはたとえば絵をかいたり、工作をしたり、家事のまねごと、技師のまねごともあった。とにかく勉強したくなかったし、面倒だったし、学校が終わっても宿題をやらなきゃいけないっていうことも最悪だった。毎日の時間を束縛されているようで、それが気に入らなかったから、自分のやりたいことだけやれたらいいのにと思っていた。そういう私にとって、大人は仕事があるといっても、その内容なんて何もわからなかったが、帰って来ればぼーっとテレビを見ていたり、私と遊んでくれたことも数多くあったが、仕事というものが終わりさえすれば、あとは完全に自由の身であるように思えた。宿題をしなくていいし、勉強する必要がない。ただどこかへ行って、何かよくわからない仕事というものをしてくればいいだけで楽なんだろうと思えていた。だから私は、早く学校などというものから解放されて、仕事というものをするようになれば自由な時間が増えて、難しいことを考えずだらだらと生きていけるようになればいいと思っていた。でも今それが、すべて間違いだったとはっきりわかる。大人というのは子供をやっていた時よりもはるかに面倒で、だるいものだ。ただ勉強さえしていればよかった時代が、いかに恵まれていた時期だったかということが、今ならわかる。やったらやっただけの成果がきちっと自分に跳ね返るだなんて、とてもわかりやすい話だ。では社会というものはどうだ。なんとどろどろしてつまらないことでいがみ合い、非効率なことをして、また愚かな人間関係が存在していることか。人は自らの愚かさに気づかず、愚を周囲にふりまき、まとめて闇へと堕ちていくのだ。それに加えてわからないことが山ほどある。学校の勉強では足りないほどに理解できないことがたくさんあるのだ。わからないことを解決するためには、誰かの手を借りるか、もしくは自分が一層賢くならなければならない、つまり勉強しなければならない。大変なことだ。私が子供のころよく言われたことには、大人は仕事をしている、子供は勉強をすることが仕事だ、と。しかし勉強は子供だけのものではなかったのだ。大人も勉強しなければならない。考えることもしなければならない。人を動かすためには人が動きやすくなるよう配慮しなければならない。その配慮の方法を勉強し、考えることも必要になる。何たる面倒くささ。時間のなさ。もう社会なんて嫌だ、人とかかわるのは嫌だ、考えるのは嫌だ、そういう世間的なわずらわしさから逃れるように、困難を抱え、植物に惹かれ、自然の中へと隠遁したくなるのだろう。私も隠遁したい。

1363文字。

                                    

夏休みですね。
時節柄こういうスタイルいいんじゃないですかね。
誰もほめてくれる人はいないので、
自分で自分をほめます。
よくやった。
夏休みの宿題一つ終わらせられるぐらい
よくやった。
ただ文字数的には若干物足りない。
2000文字はほしかった。
また今度別の機会にチャレンジだ。

さて、今回の本、面白かった。
とにかく読みやすい。
ただ時間はそれなりにかかったような気もする。
個人的に一番びびっときたのは
最後から2番目「とらわれの木」
40歳行き遅れ女性の悲哀。
痛い。
現実に、ここまでひどくはなくても
これに近い印象の人って割と身近に存在した。
一人二人じゃなかった。
被害者意識の強い人。
自分の痛みにだけ敏感で、
他人の痛みになんて考えも及ばない。
悪口が好きってもう存在が邪悪。
一緒にいて
きついとしか言いようがない。
こっちの主人公は
立ち直る希望を
得たかどうかってとこだけど、
現実問題どないしょーもない人が
いっぱいいて困る。
この本をプレゼントとかしたら、
やっぱぶち切れちゃうんですかね?
案外気づかなかったり?
藪蛇だなー。

深井良祐『なぜ、あなたの薬は効かないのか?』

薬剤師兼医療コンサルタントによるわかりやすい薬の話。

私の体もおんぼろすぎて
何種類もの薬を飲まねばならぬことが
あったりなかったりするが、
薬屋の奥で薬を作り、
手渡してくるあの人は
いったいどのような思いで接していたか、
そんなものが
わかったりわからなかったり。

 

新書らしい非常にわかりやすい薬に関する説明で、
今後の参考になりそうな予感がした。

結構面白い本なので、
タイトルにぴんときた人は読んだらよろし。

 

薬への印象として、
副作用があるかもとか、
薬物耐性ついて
やめられなくなるかもとか、
どうせ「治せない」んだから
極力使いたくねえなあ
みたいな感じはあった。

悪い医者は
患者を薬漬けにして
金とるとかいう話もあるので、
医者に対する不信感もある。
そもそも医者なんて
流れ作業でやってるから
相談なんてする気もしないし、
伝えたいことが伝わらなかった経験が多い。

そういうことから
あんまりこっちから何も言わず
出してくるもん服用して、
効いたら通って、
効かなきゃ病院変えるみたいなやり方になる。
何が不満かって
こっちはどういう選択肢があるか
さっぱりわからん状態で
いつも言われるままになるしかないってこと。

薬にどんな種類があって
どういう治療方針なのか
説明しろよと思うが、
こっちからとやかく言うと
なんかうざがられるので黙っとく。
で、薬局いって薬もらって。
薬剤師に相談とか、
そんな発想欠片も浮かんだことはなかった。
薬作って渡されてそれで終了。
確かにお薬手帳はしょっちゅうきかれた。
相談っつったって
処方箋もらって処方受けてるのに
さらに何を相談すりゃいいんだ。
医者が話聞かない分、
薬剤師が聞いてくれるんだろか。
そんな相談サービスあるなら
どっか書いときゃいいのに。
著者はしきりに薬剤師を頼れよとかいうけど、
そんなんこっちから言いにくいから、
そっちのほうこそもうちょっとオープンな姿勢見せてくれよ。

新渡戸稲造『武士道』訳:奈良本辰也

kindleにて。

5千円札でおなじみ(だった)、にとべいなぞう。
国際連盟事務次長も務めた。
明治33年(1900)、
『武士道BUSHIDO:The Soul of Japan』出版。

ろくな宗教も持ってない日本人やばくね?
こいつらの頭どうなってんの?
そんな欧米人どもの疑問を解くために、
欧米人でもわかるように
欧米諸国の名著からくる知識があちこちに援用され、
日本人にいかなる倫理があるか、
欧米人が理解できるように
書かれた本。

正直読んでて涙ぐましい努力を感じた。
何とか欧米人が理解できるように、
日本人の考え方、行動倫理を、
向こうの奴らの歴史的人物を例として出しながら、
ほら、君んとこで偉大とされてる人が言ってることと、
私たち日本人の行動は一致してるでしょ?
君らとあんまり人としての本質は変わらんでしょ?
いやむしろここんとこは、君らよりすごくね?
とかなんとか。

切腹のとこにソクラテスが出てきたのは、少し感心した。
悪法も法だとか言って毒杯あおったソクラテスは、
確かにお上の言うことを聞く日本人的な行動かもしれない。

切腹はお前たちには頭がおかしいと思えるかもしれんが、
いや待て、理解の余地はあるのだよ。
昔の人たちはどいつもこいつも、
心とか魂が心臓だか腹だか、
その辺に宿ってるって信じてるだろう。
だから腹かっさばく行為によって、
見ろや、俺の霊魂が穢れてるかどうか、てめえで確かめろゴルァ
という気迫あふれる証明になっとるわけだ。

今回、これ読もうと思ったのは、
青森県十和田市にある
新渡戸記念館閉館のお知らせを聞いたから。
詳しくはこちらへどうぞ。

十和田市立新渡戸記念館休館の経緯と現状ならびに諸問題について

(2016,3,14リンク確認)

この人たちが言うに、
市が勝手なことを言い出して、
一方的に半世紀前の約束を反故にしてきて、
館がたたまれてしまいましたとのこと。

本当は署名を募ってた時に早く記事にしようかと思ってたけど、
私があまりに怠け者だったせいでこのタイミングになったね。
うん、仕方ないね。
まあこういうことがあるらしいよってことで、
興味のある人はどうぞのぞいてみてあげてください。

パオロ・マッツァリーノ『パオロ・マッツァリーノの日本史漫談』

相変わらず面白い。
めんどくさい本を読む時には、
こういう本を手元に置いておくと、
より読書がはかどろうかと
思ったりしないでもなかったが、
結局、楽なほうばかり読んでしまって
本末転倒とかそんな落ちなんじゃなかろうか。

そんなわけで読みだしたらすぐ読める。

人生に役立つことが書かれてあるかどうかはわからないけれど、
いつか使うことがあるかどうかはわからないけれど、
うんちくとして、トリビアとして、
大抵新たな知識が得られる感じです。

というか調べてる内容がマニアックで、
わざわざこんなこと腰を据えて調べる人いないし、
だからこそ面白いんだろうなあ。

結構むちゃくちゃなことを言ってみたり、やってみたりしても、
5,60年も経ったらみんな忘れてるから、
大体それぐらいの周期でつまんないことを繰り返すのかなあ。
文明とか歴史はずっと続いてるから、
何千年も人が生きてきて、
人も進化してきたかっていうと、
実際個人の寿命はたかが知れてるし、
人は大して変わらないっていうか、
この著者が言ってる通り、
私もあなたもみんなみんなバカなんだよなあ。

人間みんなバカっていうのは、
バカにしてるのかっていうと、
そうじゃなくって、
「汝自身を知れ」というか、
人はしょせん人ってことであって。
どんなにすごそうな人であっても、
その人も結局、自分と同じ、「人」なんだね。
すごいとこもあれば、すごくないとこもある。
私よりすごい人はいっぱいいるし、
すごくない人だっていっぱいいる。

人の限界ってものがあるから、
個人が絶対の存在になることなんてないから、
誰だって間違えることがあるわけだ。

でも世の中では、
専門家の意見は絶対だと信じてるし、
自分が大して出来のいい人じゃないと認められる人も少ない。
口では自分は出来が悪いと言ってみても、
どこかでやっぱり自分は周りより優れているものがあると信じたくなる。
でもやっぱりバカはバカなんだよなあ。
自分でバカにしていたはずの行いを、
知らず知らずのうちに自分もやってしまうことがある。
過去に批判していたはずなのに、
今の自分がまさに同様の批判を受けるべき行動をとっていることがある。

別に私だけのことじゃなくて、
世の中の人、大勢に当てはまることだと思うし、
実際に、こいつめ…
と思うことは多々ある。
でもそんなこといちいち注意したって
理解しない人はしないし、
時間の無駄であったりするから、
人というのはバカなんだということを、
ひたすら生暖かい目で見守っていなければならないんだと、
見ることを強いられているのだと、
たとえ悪い歴史を繰り返すとしても、
どうにもならないことが多すぎるのだと、
そう思ったりする今日この頃。

社会学なんてやるやつは大体性格悪いにきまってる。
キーワードは「対象の相対化」。
なんでも俯瞰して何かをあげつらうのを生業としてるから、
ひねくれてないとできんね、これは。
私みたいな人間にもぴったりだと思う。

プロフィール

bq69pd

Author:bq69pd
年が明けたと思ったらすでに春が来ていた。次の更新が夏にならないことをお祈り。

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