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『詭弁論理学』野崎昭弘

詭弁でものを言う馬鹿がうっとうしいなあ、ちくしょう

そんな思いでも込められてるんだろうというタイトル。
本書内で著者はしばしば毒づく。

ずっと身近な詭弁・強弁を挙げ続けるのかと思ったが、
途中で少し記号も出たりして、
考えさせられるところもあり。
それでいて最後は論理お遊びで締めくくり。

非常に読みやすく、
論理学入門として普通にすすめられる。
いやまあ初歩の初歩として、
論理学に慣れ親しむという程度にだけどね。

端的に言って、面白かった。
感想とかそれぐらいしかないんだけど、
せっかくだから、
この本に出てきた問題、
p.177以下、「死刑囚のパラドックス」
というところについて、
私が考えたことを適当に書いてみる。

☆☆☆☆MERRY CHRISTMAS!☆☆☆☆

まずは問題そのものについて。
と、ここで物語全てを記述するのには、
意味がないので、簡略化している。

ある人が、王様の悪口を言ったところ、
それが王様の耳に入り、彼は捕まった。
王様はとても怒っている。
その怒った王様いわく、

お前を死刑にしてやる!
明日(1日目)から7日目までの間、
どの日かが、お前の死刑執行日だ!
しかし、お前が「今日、自分の死刑が執行される」
と、分かっている日は死刑は執行されない。
私はお前が、いつ殺されるかという
恐怖の苦痛にあえぐところを見たいのだ!

何やらとんでもないケースだが、
気にしない。

ここで、彼は考え抜いたところ、
なんと必勝法を思いつく。
(関係ないけど、ライアーゲーム面白いよね)
それは一体どういうものなのか。

この問題の肝は、
彼が自分の死刑執行日を予測できれば、
それが行われることはないというところである。

ならば、7日目に死刑執行が行われないことは、
容易に理解されるだろう。

なぜならば、
仮に6日目まで死刑執行が行われなかった場合、
残る日程は7日目しかないのだから、
その日行われるであろうことが分かってしまう。
よって、7日目に執行されることは、あり得ない。

しかしそうなると、
今度は6日目の死刑執行が不可能になる。
5日目まで彼が無事であったとするならば、
前述の通り、7日目の執行があり得ないのだから、
その執行は間違いなく6日目。
このとき彼は再び、
自分の死刑執行日を予測してしまうのである。

では彼の死刑執行可能最終日は5日目か。
それも違う。
彼は6日目と7日目の死刑執行を
予測することが出来る。
4日目まで殺されなかった時点で、
彼はまた、5日目の死刑執行を予測するのである。

この推理を繰り返していくと、
結局、彼の死刑は行うことが出来ない。
唯一、推理のしようもなかった「今日」なら、
死刑は執行され得ただろうが、
それは条件として入れていない。

こうして、彼は死刑執行を免れる。
果たしてこれは正しいのだろうか。

まあ自分でも少し考えてみよう。
私からの回答は下に隠しておく。





さて、話の続きだ。
すらすら読む限り、正しいように見えるが、
やはりこれはおかしい。
私が思うに、
これは思弁論理学のもたらす誤謬ではないか。

例えば、彼の4日目における推理を再考してみよう。
彼は6日目と7日目の執行がないと分かっているから、
5日目の執行を確信するという。
それは本当に可能なことなのか?

私はここに彼の、
思弁論理学特有のミスが起こっていると思う。

彼が4日目まで無事だったとするなら、
残る死刑執行可能日は、
5,6,7日目の3日間になる。

本来彼には、
この時点で3日間の、どの日がそうかを、
確定することはできないのである。
彼はこの3日間のうちのいずれかの日に、
死ぬと考えなければならない。

なぜか。
彼が7日目の死刑執行の可能性を消去するとき、
彼はおかしな前提を立てているからだ。
つまり、「彼が6日目まで無事である」ということだ。

4日目の彼に、なぜそんなことが分かると言えるだろう?
彼は6日目まで無事な自分を仮定し、7日目の可能性を、
5日目まで無事な自分を仮定し、6日目の可能性を、
消去しているのである、4日目にある彼が!!

そのようなやり方で導き出された答え、
自分が5日目に殺されるだろうという推理は、
全くの見当違いであり、無意味である。
彼は思弁を働かせすぎたのである。
主体が起こり得るはずのない運動を行ってしまった。

これが私の、この問題に対する答えである。
さて、納得できるものになっただろうか?
もしおかしなところがあれば、
いつまででも指摘は受け付けているよ。

という死刑囚の「予測」に反して、その日死刑は執行された。

ってダメですかね。

Re: タイトルなし

お、それは著者の意見に近いですね。

このパラドックスには、少しおかしなところがあります。
まず日本語的な問題、
例えば「分かる」ってどういうことよ、って感じですが、
著者はこれを3つに分類してます。(p.190)
1) 自信をもって断言できる。
2)「その日が処刑日に選ばれていた」という事実をいいあてることができる
3) 推理によって「その日に処刑される」ことが結論できる

今考えると、私は2番目を利用している気がします。
著者は1) だと問題がつまらないので却下、
2) も事前にあみだ使って決めときゃ終わりだからと却下。
よって、残った3番目に従うことになりますが、
この場合、問題自体に矛盾が生じるとされます。

なぜならば、「彼は死刑にされることがない」と推論を立てたとき、王様の「7日間のうち、どの日かがお前の死刑執行日だ」という命令に矛盾してしまうからです。

著者はこのことを論理学っぽく暴いて、
これは前提からして間違っているので、
結果としては何が起きてもおかしくない、
としています。

(p.189)
7日目の昼、王様じきじきの命令でさしむけられた臨時の首斬り役人が、若者のところにやってきた。驚いた若者は、ただちに抗議した。
「あなたは私の首を斬ることはできませんよ。私は、今日こそ首を斬られることがわかっていたんですから」
すると、首斬り役人は、悪賢い侍従に教えられたとおりたずねた。
「それはたしかなことかね。お前の首を斬ることはできないのかね」
「ええ、もちろん」
「そんならお前は、今日首を斬られるとは思ってもいなかったわけだ。だから私はお前の首を斬ることができる」
哀れな若者は、とうとう首をチョン斬られてしまった。

バッドエンド(笑)

でもこれグッドエンドにするグッドな方法が思いつきませんねえ。やっぱり問題が悪いんですかねー。

どうも

はじめまして。

昔の記事なのに、こんなに遅くレス付けてすみません^^;
詭弁論理学の本を買おうかとネットで書評を検索していたら
引っかかりました。

んで、自分なりの感想ですが、
これ、ずっと、当日、死刑にされるって思っていたら死刑にされませんよね。
7日目も、死刑にされると思っていれば死刑にされないでしょうし、
1日目から6日目も、ずっと死刑にされると思っていたらいいわけです。

王様に言われた当日にお互いが紙かなんかに死刑の日を書いて、
同時にそれを出すとかしないと、無意味なような気がします。

最後の首斬り役人の言葉も、詭弁ではないでしょうか。
若者は
「あなたは私の首を斬ることはできませんよ。私は、今日こそ首を斬られることがわかっていたんですから」
って言っているのですから。

言い方が悪いって話は考えられますが。
ですから、
「やはり今日首を斬られるのですね。どうぞ、待っていました。」
と言えばいいのではないでしょうか。

そもそも、
問題が悪いんじゃないでしょうかね~^^;

っていうか、そんな詭弁に騙されるなってことでしょうか。

Re: どうも

どうもどうも。
コメントが遅すぎてすみません。

端的に言えばこれは問題が悪いんです。
王様は7日間のうちで確実に殺すつもりでいる一方で、
若者は絶対に殺されることはないと推測している。

ぶっちゃけこの2人の立場は平等じゃないんです。
詭弁論理学なんてのは論理学でもなんでもないんです。
前提が既にぶっ壊れてるので結果なんてどうなったってかまわないんです。
しいて言うなら王様の気分で許してやるとか、
若者が自力で脱出したとか
正義のヒーローが突然助けに来てくれたとか
そういう違ったベクトルに向かわないと助かりゃしないのです。

何でか?
王様は恐怖におびえる若者が見たいから気まぐれでわけのわからん条件を提示しただけであって殺すのは決定事項だからです。
ここに現れるのは立場の違いであり、権力の差です。
だから論理学でもなんでもない詭弁であり、あるのはただただ理不尽のみです。
何があろうと、ここではすべての決定権は王様が握っているのであり、
この場面における論理とはまさに王様のことです。

いまさらながらグッドエンドなどなかったのだなとしみじみ感じました。
こんなショッキングなことでよいのでしょうか。
論理的に助けられるのであれば助けてほしいです。

「やはり今日首を斬られるのですね。どうぞ、待っていました。」
王「うむ、よいぞ。では死ね」

残念ながら私にはこのような未来しか見えません・・・。

しいて言うなら、王様の悪口とか言わなきゃよかったっ!
Secret

プロフィール

bq69pd

Author:bq69pd
以前に鳥取で大きな地震がありましたため、日本一危険な国宝とされるあれ、投入堂はしばらく見ることができないかと危ぶまれてましたが、実は今年の4月に開山されてたんですよね。危険ではありますが上がっていくと見晴らしはすばらしく、一見の価値はあるんではないかと思われますよ。私もちゃんとのぼったよ。

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