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『格差ゲームの時代』佐藤俊樹

いやあ、困った本だった。
何が困ったかって、それについて語る前に、
まずは最初の格差論についての感想を述べておきましょう。

                                 
・格差論
特に目新しいことは書かれていない。
つまらない。
この本は著者が雑誌などに寄稿したものを
ただ集めてきただけで、
似たような論説が延々、続けられてうんざりさせられる。

しかもどれも2000年ごろに書かれたものばかりで、
今やそれらの言葉に大した力を感じさせない。
(当時読んでも感銘を受けたかどうかわからないが)

なぜ今更こんな「時代錯誤」ともとれるような本が
再び上梓されることになったのか。
著者自身この文庫化にあたってのあとがきにおいて、
捉え方のミスや時代の変化に触れている。

だとすれば、単に私は彼の自己満足に付き合わされただけか、
出版社の販売戦略にまんまとのせられただけということになる。

とりあえず自己責任という言葉が
大好きな人間に読んでもらいたいところだが、
そういう人間は大抵まったく本を読まないか、
自分に都合のよいことしか書かれていないような本を好むので、
望むべくもない。

ただ一つだけ言っておきたい。
自己責任論者の言は、
コインを10回投げた時、
表裏の確率は1/2だから、
必ず表が5回でるのであって、
表が10回とか裏が10回とか、
所与の確率に違うような結果は必ず出ない!
と言い張るような滑稽なものだということだ。

簡単に言うと、彼らが言うのは、
確率を努力に変えて、
10の努力をすることで、10回の成功が、
0の努力をすることで、10回の失敗が
必ずあるのだと言っているようなものだろう。

彼らは結果から、その人間の性格を見ているのである。
                                 

困った本だって話の続きですけど、
正直最初からずっと鼻につく感じがしてたんですよ。
言ってることの胡散臭さもそうですが、
何だか、安易だなあっていう印象でした。

そしてその懐疑が明確な怒りに変わったのが、
「4 暴力の現在形」ってところでしたね。
中でも「解体する日本的コミュニケーション」、
「『われわれ』が『他者』になるとき」
を連続で読まされたときはもう読破をあきらめかけました。

前者は
日本人は他人の心が分からなくなった的な論説で、
もういかにもな感じでした。
ええ、またこの手の「社会学者」か、と。
後者は漫画を引っ張り出して、
何か言ってます。

それぞれ1992年、1990年に書かれたものです。
随分古いんですね。
この後、何とかあきらめず、目を通すぐらいしようかと思い、
結局全部読んだんですけど、
最後の方になって、少しはマシになったかなぐらいでしょうか。

でもやっぱり雑文の寄せ集めにしか見えません。
自分でもあとがきで、「記憶」だからそのまんま~
とか何とか言ってますけど、
そんなの一人でやっててほしいです。
完全に自己満足じゃないですか。
私みたいにブログにでも書いとけばいいだけのことじゃないですか。

色々と残念な本でしたね。
出すのなら、もっとちゃんと書いてほしかったです。
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