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キルケゴール@病院

1855年10月2日路上に倒れ、フレデリク病院に収容される。
親友で牧師のエミール・ベーセン(Emil Boesen 1812-1881)と病院で会話。
E(Emil),S(Søren)
 
E「どうだい?」

S「普通だ。私は死ぬだろう。
死がすぐに来て、そして安らかなように、私のために祈ってくれ。
私は気が滅入っている。
私もパウロが持っていたように、身体の中に刺を持っている。
私は一般の関係に入る事ができず、
自分が特別な使命を持った存在だと気付いた。
以来私は出来る限りその使命を全うしようと試みたのだ。
私は摂理にもてあそばれた。
私はいろいろなものを捨てなければならなかった。
レギーネも。
彼女がスレーゲルを得たのは正しかった。
彼女とスレーゲルはもともと結ばれていたのであって、
私が後から入って妨害したのだ。
彼女は私のせいで大そう苦しむことになった。」
(彼[キルケゴール]は彼女について非常に愛情深く、
また憂愁に満ちて語った。)
 
E「ところで君は自分の書いたものをどうするかちゃんと決めているのか?」
 
S「いや、なるようになるだろう。
神の御心次第だ。
それに私はもう財政的に破たんしていて何も持っていない。
あとはただ埋葬してもらえるだけしか残っていない。
私には最初はいくらか財産があった。
ある程度はもつだろうと思った。
10年か20年か。
結局17年だった。
大したことだった。
私は職を求めることはできた。
やろうと思えば、牧師にもなれたろう。
だがそれはできなかったのだ。
そう決められていたのだ。」
 
看護婦長のフィビゲル嬢が彼に花を贈っていたが、
彼はそれを引き出しの中に仕舞わせていた。
 
S「医者たちには私の病気はわからないのだ。
私の病気は心理的なものだが、
彼らは普通の患者に対するようなやり方で診ようとする。
 
具合が悪い。すぐよくなるように私のために祈ってくれ。」
 
彼はフィビゲル嬢が贈った花の方を見た。
けれど水に漬けさせようとはしなかった。
 
S「花が咲き、匂い、枯れるのは、それは花の運命だ。」
 
続けて彼は言った。
もし自分が生きねばならぬという信念を獲得できるなら、
実際そうなったろう。
一杯の水を飲み、靴をはくなら、自分は歩き去って、
病院からすぐに出ていっただろう。
だが、生涯を例外者として過ごしたならば、
普遍的な定めに従って死ぬのは、
当然で順序正しいことだ。と。
 
木曜日、彼は衰弱していた。
頭をうなだれて、両手を震わせ、まどろみに落ちていた。
咳が彼を起こした。
 
彼が安らかに神に祈れるかどうかを尋ねた。
 
S「それは出来る。」
 
さらに何か言いたいことはないかどうか尋ねた。
 
S「何もない。
そうだ、みんなによろしく言ってくれ。
私は彼らみんな好きだったのだ。
そして彼らに言ってくれ。
私の生涯は他人には理解できないような大きな苦悩なのだ。
すべてが誇りと虚栄に見えたろうが、そうではなかったのだ。
私は他人より善良ではなかった。
私は身体の中には刺があった。
だから私は結婚も、就職もできなかったのだ。
その代わりに私は例外者となったのだ。
昼間は仕事と緊張に暮れ、夜は脇に取り残された。
それが例外者というものだった!」
 
安らかに祈ることができるかと訊いたとき、
 
S「うんそれは出来る。
まず私は罪の赦しについて、何もかもが赦されますようにと祈る。
次に死に際に絶望に陥りませんようにと祈る。
そしてよく心に浮かぶ言葉は、
死が神の意に満ちますようにということだ。
さらに私の大変知りたいこと、
つまり死がいつ来るか少し前以て知れますように、と祈る。」
 
その日は天気が良かった。
 
E「君がそこに座ってそんな風に話していると、
君はとてもすがすがしく見えて、
まるで起き上がって私と一緒に外出しようとしているかのようだ。」
 
S「そうだ、ただ一つのことだけが邪魔になる。
つまり実際には私の身体はもう行くことが出来ないということだけが」
 
ミュンスターについて。
 
S「君はミュンスターがどんな有害植物だったかちっとも分かっていない。
どんなに広く害を及ぼしたかを君はちっとも分かっていない。
彼は巨人だった。
彼を倒すには強い力が必要だった。
そしてそれをやった者は攻撃されねばならなかったのだ。
私は喜んで死にたいと思う。
私は自分の使命が解かれたのを確信する。
生者の言葉より、死者の言葉の方が
むしろ聞きたいと願う人がよくいるものだ。」
 
E「私は君にもう少し生きてほしいと思う。
君は大変強かったし、何かなすところのものがあった。
君にはまだ言うべきことが残っているに違いないと私は思う。」
 
S「そうだ、もしそうなら私は死ぬこともあるまい。
私は意義深い、非常に困難な課題を持っていたと思う。
君は私がキリスト教の核心から
物を眺めたのだということを注意しなければならない。
 
――君は私と知り合いだったせいで、
ずいぶんとひどい目に遭っただろうね?」
 
E「うん、でも君との関係について、
人には立ち入って話すことはなかったし、
もし相手がそのことを知ってても、
その関係は尊敬されたよ。」
 
S「そうかい?
そうだったのか。
――君が来てくれたことはうれしい、ありがとう!」
 
19日金曜日。
彼は私が来るまでに2,3時間眠っていた。
そして機嫌が良かった。
彼の兄が来ていたが、入る事は許されなかった。
 
セーレンは言った。
彼は言葉では止められない。
ただ行動によって止められるだけだ。
だから私は行動によったのだ、と。
 
E「君は聖餐礼は受けようと思わないのか?」
(聖餐…パンとブドウ酒のあれだよ。詳しくはググれ。)
 
S「受ける。
だが牧師からではなく、ただの信徒からだ。」
 
E「それは難しい。」
 
S「なら受けずに私は死ぬ。」
 
E「それは正しくない!」
 
S「正しいかどうかで議論するわけにはいかない。
私はもう決めたのだ、自分で選択したのだ。
牧師たちは国家の官吏だ。
国家の官吏はキリスト教には関係ない。」
 
E「それだって本当のことじゃない。
真理と現実にだって一致してない。
正しくないよ。」
 
S「そう、君わかるかい、
神が君主なのだ。
ところがその統治から離れ、
楽な方へ逃げようとする人間がたくさんいるのだ。
そして今やキリスト教はこのような人々のために存在するのだ。
そこに1000人もの牧師が居座り、
国中の誰も、そのような牧師たちに属することなくして
神聖な死を与えられないこととなるのだ。
かくして牧師達は君主となり、
神の君主権は失われる。
だが人は全ての事において神に従うべきなのだ。」
 
そう言って、彼の身体がくずおれた。
声が弱くなり、疲れたようなので、私は去った。
 
心配だった。
もし彼が本当に平信徒に頼んだらどうしよう。
面倒な誤解を受けかねない。
つまり平の信徒が、
牧師でないという理由だけで善良なキリスト者だということになる。
困った。
 
20日、二人の看護婦が彼を一つのイスからほかのイスに移していた。
彼は全く力がなかった。
私はたのまれて、彼の頭を支えていた。
去りがけに、明日また来るよと言った。
 
S「うん、すまないね。
だが誰も知っている者はいない。
そして我々はお互いすぐにでも、さよならが言える。」
 
E「どうか君に祝福がありますように。
いろいろとありがとう!」
 
S「さよなら、ありがとう。
君が私と知り合ったために、
しなくてもよかった面倒事に陥ったことを許してくれ。」
 
E「さよなら、では我らの主が君を召し給うまで、
神の平安の内にそうして居給え、さよなら!」
 
21日。
私は少しだけ彼のそばにいた。
彼は言った、今は折りが悪い、と。
彼はマルテンセンについて語った。
 
22日。
E「もう少し窓から外を眺められるような姿勢にすればいいのに。
庭が見られるよ。」
 
S「そんな風に自分を欺いてみても、何の役に立とう。
苦しむことが必要なのだ。
そのようなことを考えて、見るのはただ拷問にしかならない。
苦しまねばならぬ時には、苦しむべきだ。」
 
23日。
E「なんてきれいな花だろう!」
 
S「そうだ、それは自分の力を超えている。
しかしそれは当人(花?)の努力にもよっているのだ。」
 
25日。
E「君の兄のペーターがそこに来ていたよ。」
 
S「私が彼を迎えないということはよく知らせてある。
人々はもちろん怒っているだろう?」
 
E「いやそうは言えない。
彼ら(牧師達)は、深い同情をもって君のことを考えている。
でも驚くに値しない。
実際何もかも自衛なのだから。
そして私たちはみんな結局自衛しないといけないんだ。
だから彼らもやはり同情的な関心で、君のことを考えている。」
 
S「君はただこの世的なもののことばかりを思うが、
天のことには少しも思わない。」
 
E「いやそうじゃない。
でも彼らがそんな風に語るのは、
彼らが自分たちの意見を正しいと思い、
君が既成のものへあんな攻撃をやったのは、
正しくないと信じているからで、
浄福への道は現にある既成のものを通じてでも
やっぱり行けると信じているんだ。」
 
S「私はそれについて語る事に耐えられない。
それは私を非常に緊張させる。」
 
E「君の以前の寝室は空気が悪かったのか?」
 
S「そうだ、そのことを考えると恐ろしく腹が立つ。
私は既にそれに気づいていたのだ。」
 
E「なぜ君は引っ越さなかったの?」
 
S「私はあまりに緊張しすぎていて、
そこまで考えられなかったのだ。
私には発行されることになっている『瞬間』がまだ2,3号ある。
そしてそのために使う予定の2、300ダーレルが残っている。
だから私は全てをとっておいて私自身のために使うこともできるし、
あるいは全てそのままにして自分は滅びてしまうかだ。
そして私が後者を選んだのは正しかった。」
 
E「君の希望しただけの『瞬間』はみんな発行したのかい?」
 
S「そうだ!」
 
E「しかし君の生涯には何とたくさんのことが不思議に起こったことだろう。」
 
S「そうだ、私はそのことが非常にうれしい。
そしてまた非常に悲しい。
というのは、私は喜びを誰とも分かつことが出来ないから。」
 
26日。
彼は病室で看護婦たちを離さなかった。
そしてずっと世間話を交わし続けていた。
 
27日。
彼は頭を垂れて、疲れを感じていた。
 
E「そういえば君は私のところへ来てくれたことがなかったね。」
(ホルセンスでエミールは牧師をやっていた。)
 
S「うん、どうして私にそんな余裕なんてあっただろう!」
 
私が最後に彼を見舞ったときには、
彼は横たわっていた。
そしてほとんど口がきけなかった。
私は出て行った。
それからすぐ、彼は亡くなった。
 
1855年11月11日。
セーレン・キルケゴールは43歳で亡くなった。
彼の兄は興奮した大群衆を前に、
マリア教会にて弔辞を述べた。
 
彼の墓には、彼の希望によって、

ブロルソン(Hans Adolf Brorson1694-1764)の詩の次のような一節が刻まれている。

 
今しばしの時あらば、
勝利は()くわがもの、
たたかいはなべて
その時()け失せなん。
そはわが力蘇る時
生命(いのち)の小川のほとりて、
して永遠(とわ)に、永遠(とわ)
イエスと語り得ん。




 

いやあ感動的でしたねえ。
この文章は、大谷『日記』1949,p.306-318からの
引用かつ脚色めいたものです。

あんまり褒められた行動ではないような気もしますが、
彼の死に際の資料はあんまり日本語で出てないし、
のせておきましょう。

ここには彼の思想家としてのエッセンスのようなものが、
ばしばしと出てきていると思うのです。

たとえば彼の単独者、例外者としての生活については、
よくわかる表現になっていると思います。
分かるというより、感じることができるといったところでしょうか。

ところで少し分かりにくいかもしれないところについて、
ちょっとだけ解説しておきたいのですが、
キルケゴールが聖餐は受けねえ、と言うところです。

エミールが真理と現実に一致しないとか言ってます。
なんのこっちゃという感じですが、
要するに、キルケゴールの言う真理的なもの、
真のキリスト者として必要だろうということであり、
かつ実際、現実においてキリスト教徒はみんな聖餐受けるんだから、
あんたが受けないのはいかんだろ、
みたいなことなんじゃないかと思います。

私の勝手な解釈ですから、
正しいかどうかは分からないんですけどね。
この部分に限らず、何かほかの解釈があれば
教えてもらいたいです。
                            
ある人が意見をくれましたっ

エミールは友達だけど、いまいち思想的なことはよくわかってないようで、真理と一致しない、っていうのは、真理じゃないってことで、間違いだ、ってことで、現実と一致しない、っていうのは、通常人々がやってるのと違うってことで、これまたおかしいぞ、ってことだろうと思います。ぜんぜんキルケゴールの考え方に理解がないエミールさんのようです。(太字は私がやりました。)


エミールくんは理解がないので、
特に何かひねりがあるわけでもなく、
ただおかしいとしか言ってなかったってことですね。

レギーネと別れた直後、
キルケゴールはベルリンに行きましたけど、
その間ずっとエミールとは文通してたんですよね。
ただそこでも、キルケゴールは、
自分の考えが理解してもらえてない、
と何度も書いて出してるんですよね(笑)

ただ、キルケゴール→エミールの手紙しか
知らないんで、どう誤解してたのか、
いや実はそうではなく、
キルケゴールがそう言い張ってただけだったり、
なんてことを考えてみたりして。
                            
あと牧師たちが君のこと心配してるよ以下、
寝室がどうのこうのってところまで、
ここは私にもちょっとよくわからなかったです。

牧師の心配に関しては、キルケゴールを心配して、
自分が善い人間であると、神に見せつけてるつもり?
という感じで、書いてみました。
「自衛」ってのはそういうことです。

「既成のもの」というのはすでに現実にあるもの。
教会とか、教会の教義とかかなあ。
そしてそれに捉われているもの。
牧師たちはそういうものに従っていれば、
浄福の道へ行けると考えていたんですよね。

キルケゴールは色々な意味で、
コペンハーゲンの町では有名人でした。
著作家としての名声もあり、
コルサールを潰したのもすごいし、
教会との戦いもそりゃ勇敢だった。
(教会相手にしてるから、牧師は敵ですよね。)
まあレギーネ事件も知れ渡ってるから、
どう有名だったのやら…変人?

かんわきゅーだい
その後の「緊張」って言葉は何か意味があるんだろうか。
空気が悪いとかも、そのまんま?
よく分りません。

とりあえずこんな感じで、以上です。

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bq69pd

Author:bq69pd
以前に鳥取で大きな地震がありましたため、日本一危険な国宝とされるあれ、投入堂はしばらく見ることができないかと危ぶまれてましたが、実は今年の4月に開山されてたんですよね。危険ではありますが上がっていくと見晴らしはすばらしく、一見の価値はあるんではないかと思われますよ。私もちゃんとのぼったよ。

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