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雑文・日記 2009/7/4-2009/7/31 no.28




2009/7/31(no.28)
最近いつもより暑くないような気がしたが、
私の気のせいではなかったようだ。
何はともあれ、暑くないのは結構なことだ。
暑いのは嫌いだ。

だがこれが今年だけが特殊なのだと思うと嫌になる。
冷夏なのだそうだ。
例年より寒いから冷夏なのであって、これは普通ではないのだ。
来年も冷夏にならないかなあ。

今年はまだあの黒い悪魔を見てない。
やつを見ずにすんだらなあ。


2009/7/31
(no.27)
今日は驚くべきことが起きた。
空気が…入ってる…

最近自転車の空気がなくなってきてて、
かなり走りづらくなっていたので、
今日は空気を入れに行こうかなと思っていた。
空気入れもっていくのもめんどいし、
ちゃりんこショップに持っていこうと思った。

そして駐輪場に行って、私の自転車を探し、
いざ発進してみると、何やら足が軽い。
乗ってすぐにあれ? と思った。
どうやら空気が入っているようなのである。
なん…だと…?

いやびっくりだね。
辻空気入れ?
とにかく驚いたよ。
まあこの親切はありがたく受け取っておこう。


2009/7/29
(no.26)
UAW(全米自動車労働組合)ポンティアック支部役員カート・ナイト

60年代まで、メイド・イン・ジャパンという言葉は質の悪さを意味した。
日本車が上陸した時も、
恐れるに足りないと油断していた。
ところが70年代に日本車はアメリカ車の品質を追い抜いた。
(文藝春秋2009年8月号pp.146,147)

今、中国やインドが自動車を作り始めている。
たしかにまだ拙くて猿真似の域を出ない代物だ。
でも、我々も最初に日本車を見たときにそう思ったんだ。
中国やインドの車の品質も向上するかもしれない。
そうなった時、価格競争で中国に太刀打ちできると思うかい?
対抗するために日本車も中国で製造するか?
それじゃアメリカと同じ道だな(笑)
(同上、p.147)

全くその通りだと思うよ。
企業はいくらか危機感を持ってるかもしれないけど、
多くの日本人は完全に油断してるね。

中国やインドの車を馬鹿にしてる。
もしくは気にも留めてない。
これじゃお先真っ暗だよ。

日本の車産業がやられたら、
今とは比べ物にならない状況になるだろうに。
ただでさえ財政や産業の構造にも大きな不安があるのに、
これ以上他国に技術が追い付かれたら、一体どうなるのか。

日本は潰れっこないと思ってたけど、
最近はちょっと不安に思うこともあるね。

2009/7/29
(no.25)
売春は一応アクティブに取り締まられてるけど、
力関係の差による不本意な性交渉は取り締まられない。

なぜかと言えば、
そりゃ被害者が被害者として名乗り出るわけでもないし、
全然見えないところでやられてるから取り締まりようもないからなんだけど。

しかしこの二つをよく考えれば、
どちらが本人の感じる被害として甚大かといえば、
明らかに後者だと思う。

売春は、基本的にお金稼ぎのために女性から向かっていくけど、
力関係の差によるとそうはいかない。
基本的にやられるほうだ。

売春に関しては、男側ばっかり責められて女のほうはお咎めなし。
これはこれでおかしいだろと思う。
男のほうがリスクが大きすぎる。
(そういう問題でもないが、ここは便宜的に。)

でも罪がより重くあるべきであろう力関係の差を利用した交渉では、
男のリスクがあまりに小さすぎる。
こういう男どもこそ、社会に2度と出しちゃいけないよね。
こんなやつらと同じ空の下で生きているのかと思うと、
猛烈に気分が悪い。

そういうことをする男は滅んでしまえばいいのに。
きっとなくならないんだろうな。


2009/7/28
(no.24)
最近自販機を見ると、
缶コーヒーのブラックが全然置いてない。

ただ一つ言っておきたいが、
別に缶コーヒーのブラックがおいしいから飲んでるわけじゃない。
眠気覚ましとか、惰性とか。
あとコーヒー1杯に400円とかそんなん払えるわけないし。
何であんなにコーヒーショップは繁盛してるんだろう。

いやそんな話じゃなかった。
自販機にブラックが置いてないんですよ!
あるのはジョージアだけ!
おかげでポイント105点たまってます!!

ちょっと前まで、WONDAとかBOSSとかFIREとか
色々あった気がするんですけど、
何か全部消えてる。
(まあ、どれも大した変わりはないけどね。)

あっても微糖とか、糖質ゼロのミルク入りのよくわかんないのばっか。
つか後者が多い。
今までブラック飲んでた連中が、

実はブラックより、もう少し甘いのがよかったんだけど、
糖質が気になるしね

みたいな奴ばっかだったとでも思ってんのかばっきゃろぅ。
あとボトルに入ったコーヒーはもれなく不味い!!
ただでさえ不味いのに余計不味くして誰が買うんだ!
砂利水が泥水になったってぐらい違う。

いやほんと缶コーヒーの、特にブラックは
味を楽しむもんじゃないよね。
楽しめたもんじゃない。
泥だよ泥。砂利の入った泥。
ただ不思議なもので慣れると案外飲める。

夏の暑い日に、外で冷たい缶コーヒー飲むと生き返る。
美味いとは言わない。
あれだよ。ビールが美味いとか言ってるのと同じだよ。
喉で味わえとか言うけど、まさにそれだね。
夏の暑い日に限定すればだけど。

もういいや。
何が言いたいのかよくわからなくなってきた。
ジョージア以外に選択肢ないからさびしいってんだ。
わざわざスーパーに缶コーヒーだけ買いに行ったりもするけどね。
ちょっとバカじゃないかと思う。
最近紅茶飲むようになった。


2009/7/26
(no.23)
世界は本当によい方向に向かっていくのか。
誰もが幸せになれるような世界を目指せるのか。
世界では広すぎるというなら、
一つの国で見るとどうだろう。
全ての国民が幸福を享受することは出来るのか。

では幸福とは何か。
物質的豊かさと精神的豊かさの享受。
いくら立派な精神であろうと、
それだけで生きていくことは出来ない。
でも物質的豊かさがあれば、
精神がいかに劣ろうと生きていけるし、
本人が精神の貧しさに気付いていないならば、
彼は幸せなのかもしれない。

それならまずは物質的豊かさを、
最低限暮らしに困らない程度には確保しないと。
でも一体どうやって。

みんなが幸せになるなんて今のところ幻想でしかない。
無限にパンを生む機械でも発明されれば別かもしれないが。

でも何故それが幻想なのか。
数字の上では、全ての人にそれだけの物質を
行き渡らせることは可能なはずだろう。

そりゃがんばってる人と、がんばらない人がいるからさ。
がんばってる人が、もしくは生産効率の高い人が
それだけの報酬を受け取るのは当たり前のことで、
がんばってない人や生産効率の悪い人が
大した報酬を得られないのも当たり前のこと。

そうやって区別していくと、
たくさん持つ人と、あんまり持てない人が出てくる。
たくさん持つ人はいつもたくさんあるのが普通だから、
その状態から離れられなくなる。
あんまり持たない人は、いつもあんまり持たないから、
その人も、あんまり持たないことになれちゃう。
それでたくさん持とうとも思わなくなっちゃう。
いや持てないんだと思っちゃう。

たくさん持つ人はたくさん持つ状態を保とうとするから、
自分にとって都合のいいように操作する。
なにをってなんでもだよ。
だって彼らは強い立場にあるだろう。
たくさん持つ人がいつまでも、
たとえがんばらなくなったとしても、
いつまでもたくさん持っていられるように図るわけさ。

あんまり持たない人はほっときゃいいよ。
どうせ文句も言わないし。
この世界になじめないのが悪いんだよ。
自己責任だよ。
そんな奴ら知らないよ。

持たない奴らのために、何でたくさん持つわれわれが
持分を減らして、分けてやんないといけないんだよ。
そいつらは努力を怠ってきたのが悪いんだよ。
ばかなんじゃないの。
勝手に死んじゃえよ。


世界はほんとによくなっていけるだろうか。
みんなにやさしいシステムを作れるだろうか。
今のところそのめどは立たない。

じゃあ今、持たない人はどうすればいいの?
がんばれよ。
それしかないんでない。
たくさん考えて、イノベーションを巻き起こすか、
もしくは、持たない奴らを利用してやるぐらいな気持ちで、
タフにマッスルにマッチョに、やっていくしかないんじゃない。
泣き言なんて吐いてたって、世界は勝手によくならないし、
何も変わりやしない。

だったら強くなるしかないでしょ。
いくつものしかばねを超えて、
何が何でも生きていかなきゃいけないんだよ。
きれいごとだけで生きていけないこの世の辛さよ。

でも私はきれいごとがまかり通るような世界にいきたかったよ。


2009/7/26
(no.22)
やっと訪問者カウンターが落ち着きを取り戻してきた。
当初は毎日10人を維持していければ
いいかなあと思っていたので、
最近の突然の訪問者増には多少困惑するところがあった。

ブログを始めてみて分かったが、
思っていた以上にブログの利用者が、
それは閲覧者も含めてだが、多かったようだ。
何を思ってそれ程に他人のブログを見るのか。
正直なところ、少し理解しがたいところはある。

その理解のしがたさについて、一度書いてみたが、
少々暴言的なものになったので、
今ここに書くのはやめておこう。
もう少し上手くまとまりを持たせてから公開するかもしれない。

(自分のために、荒い考えでも残しておきたいと思う一方で、ここに書いたものは一般に公開されるものであり、あまり誤解を生みすぎる文章をみだりに書いて残すことはできないというジレンマ。こういう考えが行き着く先は迎合的なものであり、少なくとも私にとっての価値はなくなる。)

ただ、そんな違和感を抱きながら
何故私がブログを書くのかといえば、それは自分のためであり、
また検索などによって直接ある記事にアクセスする人がいれば、
その人に、一つの意見を認知してもらえるからといったところである。
それが彼に賛同をもたらすか、反感をもたらすかは分からない。
しかしそんなことはどうでもいい。
私に出来るのは、玉石入り混じったこの広いネットの海に、
一つの素材としての考えを放り込むぐらいなものである。


ところで最近更新頻度がすさまじい。
月に2,3回の更新を目指していたはずが
記事だけで見て、月の半分、さらに諸々の日記を入れれば、
全く数え切れないほどだ。
その他、記事にもたまに追記修正を加えるので、
私も疲れてくる。

時間が必要だ。
だが金も必要だ。
その金を手に入れるには、時間が必要だ。


2009/7/24
(no.21)
職業に貴賎なし。
自ら考えることが出来る職業ならなんだって大丈夫。
じゃあそうでない職業は?

ヒルティの『幸福論』にこんな感じの話がある。
ある少女に、5時間スプーンをもってじっと椅子に座り続けてもらう。
そうすれば給料をあげる。
でも少女は1時間もすれば、
そのスプーンを投げ出して言うだろう。

もういや! こんなことにいったい何の意味があるって言うの!?


こういう仕事は嫌だよね。


2009/7/23
(no.20)
竹森俊平が面白いことを言っている。
医療・介護・福祉でやっていける国があるか、とのこと。

例えば、今2割の労働者が仕事をやめて、
親の介護を始めたとする。
そうすれば、その分の生産性を上げでもしない限り、
私たちの生活レベルも2割程度落ちるだろう。

それはその2割の労働者が
医療・介護職に就いたとしても同じで、
取引があるからGDPは確かにあがるだろうけど、
表面的なものとしてでしかなく、
結局私たちの生活レベルは落ちるんだそうな。

医療とか介護のお金は
車なんかを輸出したところからきてるんだから
もしそっちに力を入れたいなら
その分もっとモノを輸出しましょうねとも言ってたかな。

多分こんな感じなことだったろう。

GDPが見た目しか上がらんってことは、
国内で完結してるサービス業は全部おんなじ?
ちょっと頭が混乱しそうだ。
つまり外国から金巻き上げてこないと
日本は豊かになれないってことだろうか。
難しいな。


2009/7/20
(no.19)
「信者」と「儲」
「信」+「者」で「儲」ける。
「儲」という字は、「信」+「者」からなる。

よくある漢字分解ですね。
まあこんなことしたってあんまり意味ないと思うんですけどね。

信者から儲けると言えば、
信者は金になる、むしり取れるみたいに使われますが、

儲かるのは、信者がいるからとか言えば、
儲けるためには、信じてもらう、ファンを作るんだとなったりします。

さて、あなたはどっち派?
ネガティブに捉えるか、ポジティブに捉えるか
ということなんですかね。
本当かなあ?

やっぱりあんまり意味のない問いだと思います。
ちゅうかどっちでもいいですよ。


2009/7/19
(no.18)
今TBSでやってる『官僚たちの夏』ってドラマが結構面白い。
みんな国のためにがんばってる。
誰かが悪いとかそういうことじゃない。
ただ自分なりにベストを尽くそうとしてるだけ。

まあどこまで本当のことを映してるのかは、
よくわからないけれど、
こんなの見たら、
官僚を叩きにくくなってしまうな。

今日は第3話を見た。
ラストに、何たらの会社のシャツは頑丈だからそんな簡単に破けねえよ、
みたいなこといってたのがぐっときたな。
そんなん言われたら、責められへんやろー、もー。


2009/7/19
(no.17)
ちょっと前までは世間をにぎわせていた食の偽装。
最近はあまり聞かない、ことはないけど、
落ち着いては来てますな。

最初に、このニュースを見て思ったのが、
だまされたんだから仕方ないだろう。
おいしく食べたんなら別にいいじゃん。
いちいちそんなことで騒がなくても。

でもやっぱりこれで終わらすと問題ですよねえ。
国産ウナギが中国産でした!
とか
ひき肉に豚混ぜたけど牛って表示した!
みたいな、わからなかったんならまあいいんじゃない?
と最初は思っちゃったわけですけども、
あんまり寛容になってもいけないですよね。

国産がおいしいっていうのは、
世間がそう認めていて、自分でも確かめてみたところ、
確かにおいしかった!
やっぱり国産はおいしいんだ!
いったんそれを確認すると、
次からはあんまり注意深くなくなって、
国産はおいしいものと自分の中で決定して、
以降は気にせず、そう思い込んでしまう。
まずこの点で、人の習性を利用してるとこがずるい。
プラセボ効果とか言われるものですね。

でもこれだけだと、ちょっと決定打に欠ける。
じゃあ何を問題にするかというと、ただ乗りについてです。

上の例を利用すると、
国産はおいしいものと、ある別の国産品によって学んだとする。
それ以降はとにかく国産はいいものだと思い込むので、
国産なら何でもいい。

そこで国産を偽称する他のエセ国産品に手を出してしまったとする。
すると、そのエセ国産品は、
他の本当の国産品への評価を悪用していることになり、
ここに、その評価を利用したタダ乗りが成立するというわけですね。
フリーライド(free ride)です。

こういうことを許さないために、
食の偽装は見過ごしてはいけないということでした。
以上、私用のまとめでした。
考えの整理が少しついた気がします。


・別のお話。
田舎のちっさい狭いスーパーへ行った。
なんだか殺伐とした空気が流れているような気がして怖かった。
通路せまいし、おばちゃんとすれ違う時に
互いに進む方向をディフェンスしあう形になってしまい
やっと通れたとき、すいませんとさわやかに(笑)言ったら、
えらいむすっとした顔でどっか行かれた。

それとみんな、商品を探すのに夢中というか、
人間的な雰囲気が感じられない、なんて失礼かもしれないが、
とにかく息苦しく、居心地悪かったので、
パンと紅茶を買って、逃げるように店を出た。


・なんか訪問者カウンタがかつてない勢いで回ってる。


2009/7/18
(no.16)
あんまりちゃんと睡眠をとらず、
朝からずっと作業を続けていると、
夜の9時を回ったあたりから、
頭が回らなくなり、瞼は重くて、ふらふらしてくる。
頭が前後左右微妙に動き続けてるような感覚が(笑)
こういうことを毎日続けていると、
過労死とかいうものになるんだろうか。

だがもしこのまま死ねるのなら、
それはそれで安楽死のようなもので、
なかなか心地いいもののように思えてきやがったりしやがりますのよ。

まあ今やってる作業は、自分が好きでやってるからだろうな。
そうじゃなきゃここまでやる気にもならないだろうし。
やはり自分で勝手にやる作業ってのは楽しいものだ。
他人から押し付けられる仕事ほどつまらないものはない。


2009/7/18
(no.15)
もし今私の前に天使か悪魔が現れて、
20年の寿命と引き換えに、
今2年空白の時間を与えてくれるなんて
契約を持ちかけてきたら、
喜んで飛びついてしまいそうだ。

老いて、衰えを感じながら生きていくよりは、
さっさと死んで、こんな体からは、解き放たれたほうがまし。

制限された環境の中で生きていくのも、
悪くはないのだが、
限度というものがある。
平均寿命80歳とか長いにもほどがあるわ。
どうやったらうまく健康リスクを脅かすことなく、
寿命だけを縮められるのか知りたいところ。

中学、高校時代なんか、
自分は40歳で死ねたらいいなんて思ってたこともあったな。笑

老いてからぐだぐだ時間を与えられるよりは、
今時間をくれって感じ。

こう思えるのは、私がまだまだ若い証拠かもしれないな。


2009/7/18
(no.14)
歩行者・自転車用信号機あるじゃないですか。
あれでからに変わるとき、
ぴこんぴこんするじゃないですか。
あれもうちょっと統一させてくれないですかね。

場所によって、あのぴこんぴこん時間が
長かったり短かったりするわけですよ。

しかも高確率で自分が渡ろうとするときに
奴はあらわれるのです。

あともう少しであの横断歩道に到着する。
どうする。
いけると思って走るか。
いやこれはもうだめだ、と諦めて次に渡るか。
私は一瞬のうちにその判断をしなければいけないのです。

その駆け引きがよりスリリングに感じるのは、
あのぴこんぴこん時間がどれくらいの長さ
続くのか予想できないことにあります。
この信号は短いか、いや長いのか。
わからない。

そして私の選択も急いでいるときと、そうでもないときで
また変わってきます。

さて、私は昨日の夜、急いでいました。
一生懸命走っていました。
目の前には長い横断歩道。
そしてぴこんぴこんし始めた信号機。
距離的に考えてちょっと厳しい。

走るのをやめるか、このまま突破するか。
私は急いではいましたが、
基本的にあまりリスキーな行動を好みません。
もう諦めよう、そう思って、徐々に走るスピードを落とし始めていました。

でもぴこんぴこん時間がやたら長い。
スピードは落としつつ、それでもまだ走り続けていた私は考えます。
あれ? これもしかしていける?
緩めたスピードを取り戻し、
それまでよりももっと速く、全力で、
黒と白の縞模様をまとった地面をのり越えようと、
そこへ最初の一歩を踏み出したときでした。

とうとうになりました。

車は急には止まれませんが、
全力疾走中の私も急には止まれませんでした。
赤信号の中、待っている車の前を走りぬけ、
それはそれは長い道程であり、一瞬のことでした。

自分を恥じました。


結局何が言いたいんだって言うとですよ。
あのぴこんぴこん時間を統一しろよコノヤロー
ってことですよ。

2,3回ぴこんぴこんしたらいつでもどこでも
変わるようにでもしとけと。

あんなわけわからんバラバラな猶予時間作るから
事故とか起きるんだバカヤロー


2009/7/17
(no.13)
資本主義と共産主義を
あんまり分けて考えないほうがいいと思うよ。

レッテル貼りは物事をわかりにくくさせることもある。
「あれかこれか」で何もかも考えようとしないことね。

日本は総中流社会なんて言われたこともありましたけど、
そのときみなさんは、不幸でしたか?

別に資本主義じゃなきゃ幸せになれないわけでも、
共産主義じゃなきゃ幸せになれないわけでもなく、
そこはそのときそのとき、何がいいのか考えればいいんじゃない。
そう両極端にこだわることなく。



2009/7/16
(no.12)
ベーシック・インカムに反対します

上の記事にコメントをしてみる。
なかなか頑張った文章なので、
こちらにも残しておこう。


一応記事に書かれている範囲で反論します。
馬鹿は「搾取される行為」に金を使うということですが、
それならそれで結構だと思います。
それで格差が広がろうと、
馬鹿なお金の使い方をした彼らにははっきりと、
「自己責任論」を叩きつけることができるでしょう。
しかしいまは必ずしも「自己責任論」だけで格差を説明できません。
雇用自体が足りていない中で、
「自己責任論」ばかり押し付けるわけにはいきませんし、
それによって生まれる格差は早く解消すべきと考えます。
 
>しかし上手にお金を使える人は、そもそもベーシックインカムを必要としない稼ぎがあるはず。
 
とのことですが、そういう人たちは必ずしも追加でもらえるお金を上手に使うためだけにベーシックインカムを主張しているとは限らないと思います。
彼らとてその稼ぎのためにそれだけの労働をしなければなりません。
つまりその分の時間や体力が奪われているということです。
彼らの中には、時間>お金という価値観を持っている人もいるのではないでしょうか。
そんな人が、生活のためにやむなく労働をしているとすれば、ベーシック・インカムは彼にとって大きな助けとなります。
 
これらの理由から、記事のみの範囲で考えて、ベーシック・インカムに反対をされる根拠としては乏しいように思えました。
もっとも、反対される理由は、これだけでなく、
財源についても念頭に置かれているものと推測します。
財源は、何も錬金術のように新たにその根拠を求める必要があるわけではなく、ただ金持ちから貧乏人に再分配するだけのことであると、理想的には、言われています。

現実の問題として生じるのは、流動性を失うこと、つまりみんなが貯蓄に回してしまうことに対する懸念であり、これは今の年金などの問題と共通するところであるかもしれません。
そこにあるのは政府が信用できないから、自分のお金は自分で守らなければいけないという意識であり、そのような組織に対する不信感でしょう。

しかし同じ不信感でも、年金よりは、全員一律給付のベーシック・インカムのほうが複雑さはなく、透明性があるのではないかと思うのですがいかがでしょうか。


2009/7/16
(no.11)
・哲学の意義
って何だ。知らんがな。
それを考えるのも哲学だろ。

こんなことを言えば、やっぱ哲学って意味ねーな
なんてこきおろされるのが落ちである。

仕方ないから少しメモしておくか。
哲学は一般化みたいなものだろう。
全部がそうとは言わないが、ある程度あてはまるんじゃない。
たぶん。

火は燃える。熱い。これは使える。
ここで終るのが、普通。
(普通って何だ! とか言い出したらきりがないので普通に理解してくれ。)
哲学だと、もう少し深く考える。
何で熱いの。何で燃えるの。何からできてるの。
そうやっていろいろ考えていけば、
そのうちいろんな火の使い方がわかってくる。

ただ燃やすだけじゃない。あっためるだけじゃない。
いろいろ応用がきくようになる。
銅を熱して酸化銅になるなんてわかったりもする。
酸化という現象があるのかーって。

上でたぶん、と言ったのは、別に最初からそんなことを考えながら
哲学してるわけじゃないからだ。
偶然そんなのがでてきたってだけ。
それに、観念論なんかは一般化なのかどうかよくわからんし。
哲学ってのは、もともと知を愛することだからね。

少し強引に持って行ったが、
自然科学といわれるものも、もとは哲学からきてるんだ。
あるもの、ことに深く考えをめぐらせれば、
他の方法、他の現象の発見があるかもしれない。
つまり一般化して、そこから具体的にしていく。

これは演繹ともいえる。
帰納法とか演繹法とか、
中学校か高校の時に習ったことがあるでしょう。
きっと多くの人は覚えていないでしょうけど。

わかりやすくいこう。
帰納法は、私は死ぬ。あなたも死ぬ。彼も死ぬ。
じゃあ、人間は死ぬものだと言える。

演繹法は、逆から入る。
人間は死ぬ。だから、
私もあなたも彼も死ぬ。

どう違うかって、これは全然違うよ。
帰納法って効率悪いじゃない。
いちいち一つ一つ調べ上げていって、
いくつも見ていってやっと法則なり原則なりを見つける。

演繹法だったら、最初から原則を見つけておけば、
あとはどんなときにだってそれを適用していけばいいだけ。

上の例で考えれば、
帰納法は実際に何人か死なないとわからない。
演繹法は死ななくてもいい。

まあ、現実には、
仮説をたてて、因果関係を調べるってことで、
帰納と演繹を混ぜて使っているかもしれないね。
帰納法が使えればそっちを使うし、
使えなきゃ演繹するしかない。
(理論的には、演繹のほうが絶対のはずなんだけど、
残念ながら、現実にはそんなものが見いだせない。)

思った以上に長くなった。
雑文だから、まあ何でもいいんだけど。

ところで、私も実は演繹と帰納を時々間違えます(笑)
大原則と一つ一つのちいさな原則があったとして、
大原則から原則に戻るのが帰納だっけ? みたいな。
実際は原則から大原則なんですけど。

これもすべては演繹とかいうことばが、
意味不明なせいだ! と思って、
演繹の意味を調べることにしたんです。
演繹の繹っていうのが、糸を抜くとか、手繰り寄せる
とかいう意味らしいのです。
なるほど、大原則から原則に糸を手繰るようにするわけだな?
と、今では解釈しているわけですが、
これで覚えられるかなあ。

ちなみに、英語では、
帰納はinduction,演繹はdeductionなのですが、
これも意味不明なので、
覚え方としては、私には合いませんね。
余計ややこしく思える。


2009/7/15
(no.10)
ベーシックインカム関連の記事を書こうと思ったら、
文書ファイルが3つぐらい出来上がる。
ここまでやる気はなかった…
悪いことに好き勝手に書き散らしているだけなので、
いかんともしようがない。
何で本の感想を書こうと思っただけでこうなってしまったのか。
それがあまりにも私にとって魅力的だったからかもしれない。
しかし到底実現しそうにない。
困ったものだ。

ほんとこれどうしよう…
もうめんどくさい。疲れた。
どうせかなわない夢か。

夢はかなわないから夢なのであって…
とかいう人がいるけど、それは結果論なのであって、
本人としては、それが本当に叶うことがないと
思っているわけではなかったりする。
夢が最初から叶わないものだとわかっていたら、
誰だって見ようとも、語ろうともしないんでない?

ベーシックインカムからこんな方向に持っていくとか、
我ながらうますぎて感心するね。
いや、気づいたらこうなってただけなんだけど。笑


2009/7/14
(no.9)
いやあ幸福実現党ぼろぼろでしたねえ。
さすがにあれに入れるほど落ちぶれちゃいないですよね。
何かもう完全に杞憂でしたね。
心配して損しました。


話が全然変わりますが、
箱物に対する無駄遣いには、怒るのに、
そうでないものに対しては、全然怒らないですよね。
いっぱい無駄にしてるものがあるのに。
MOTTAINAI.

いや、まあ私も言われて気付いたとこはあるんですけどね。
見えないとこは難しい。


2009/7/13
(no.8)
臓器移植法A案が通った。
本人の意思表示がなくても、
家族の許可で移植可能か。
一応事前に本人が拒否の態度を
示しておけばいいとのことだが、
厳しいな。
家族がいない人はどうなるんだろうか。
それにしてもかなり人権的に
あぶないところまで踏み込んできている気がしてならない。
しかしもうこの流れは収まらないだろうね。


足が痛い。ふくらはぎちょっと下のほう。
おととい、起きたときに足がつったからだ。
起床時はよく足がつる。
今回久々に来た。
本当に死ぬかと思った。
それぐらい痛いのである。
痛みの長さも、微妙に長くていや。
本当にうめくしかない。
あああああぁあああああぁぁっぁあうううぁあううあぅ…
(笑)
痛いときってどうすりゃいいんだろうねえ。
動かそうにも、下手に動かしたら余計痛いかも、
って思えて、ほとんど動けない。
結局動かなくても、痛みはやってくる。

原因は何だ。運動不足か。


2009/7/12
(no.7)
観念論的なものは、自ら識ろうとして、
それを吸収しようとする強い意欲がなければ、
そこから何かを学ぶのは難しい。

しかしそういうことをする人間はあまりいない。
現代人は忙しいのである。
哲学などという意味不明な学問に取り合っている暇などないのだ。
そんなものにかまけている者は、
ひまじんで、非生産的で、社会には不要、
とまでは言わないにしても、
いてもいなくてもどっちでもいい。

…日本における哲学の立場って本当に弱いよね。
どんだけ余裕ないんだ。
物質的豊かさを重視してきたあまり、
精神的な部分が遅れてると思う。
あっても、体育会系精神論ばかりで気持ち悪い。

日本人にはもう少し理性的なことにたいして、
「ヘウレーカ!」と言わせるような経験的なものが
与えられなければならないのかもしれないね。


ところで最近暑い。
いや今日暑い。
昨日は少し涼しかった。
だから今日油断した。
暑い。
自転車こぎながら、これは死人が出てもおかしくないと思ったぐらい。
熱中症に気をつけなければ。

2009/7/9
(no.6)
パチンコ店の放火。
駅前でいきなり女性に「液体」ぶっかけて放火。

気持ちの悪い事件が続く。
治安の悪化? 余裕がない?
なにはともあれ、今までは何もしなくても、
なんとかなってきたかもしれない。
でもそろそろ限界に来てるんじゃないか。

こんなことを言うと、
マスコミに騙されてる!
殺人件数は増えてない!
バーカ、バーカ!
とかいろいろ批判もあるのか知らんが、
原因がわかってるものは、対処するのが筋だろう。

経済活動の主体は、
家計、企業、政府の3プレイヤー。
家計と企業が死んでるんだから、
政府はもうちっと何とかせんかい。
昨今の選挙騒ぎを見てるとイライラしてしょうがない。
てめえら食わすために政治家の職があるんじゃねえんだよボケ。

もっと本気で政治家になりたい人はいるんじゃないか。
そういう人に代わってあげればいいのに。

まず私たちのほうももう少し賢くならないとだめだよね。
政治家に訪問してもらったり、
相手してもらってうれしいなんて思って、
それだけで評価しちゃうからこんなバカなことになるんだよ。

若い政治家が、地域のイベントに参加しました!
とか
学校を訪問して子供たちの相手をしました!
とか
元気なのは結構だけど、
お前に求めてんのはそういうことじゃねえよ、と。
おまえはいつから芸能人になったんだよ。
もう少し頭つかえよ。

せっかくの人材が1日中地域で挨拶したり、
体張って接待してるだけとか、
人材の無駄遣いにもほどがある。
どうすれば改善されるのかねえ。

最初に変わるべきは誰か。
やっぱり自分?
他人変えるよりは、自分変えるほうが
簡単そうに見えたり見えなかったり。


2009/7/8
(no.5)
人間とは愚かなものだ。
自分の周りに危機が起ころうと、
それが自分に直接関わるものでない限り、
何も行動を起こそうとはしない。


ナチ党に反対した牧師の言葉。

ナチ党が共産主義を攻撃したとき、私は自分が多少不安だったが、共産主義者でなかったから何もしなかった。
ついでナチ党は社会主義者を攻撃した。私は前よりも不安だったが、社会主義者ではなかったから何もしなかった。
ついで学校が、新聞が、ユダヤ人等々が攻撃された。私はずっと不安だったが、まだ何もしなかった。
ナチ党はついに教会を攻撃した。私は牧師だったから行動した―しかし、それは遅すぎた。

Wikipediaが詳しいので載っけとこう。
彼らが最初共産主義者を攻撃したとき


以前、アフリカのことなんて気にしてられっかよ
みたいなことを書いた気がする。
自分にはあまり関係のないことだと思ったし、
どうしようもないと思っていたから。

でも無関心の代償として、
いずれ高い付けを払わされるときが
やってくるのかもしれない。
今月の日経サイエンスを読んで思った。


2009/7/6
(no.4)
島に行ってから、少しベジタリアンを目指すことにした。
いや島の生活に感化されたとかそういうのではなく。
一緒にいた人たちの中で、二人もベジタリアンがいて、
彼らが言うに、

肉を食うと気持ち悪くなる
野菜がうまい
疲れが無くなる
脳の働きが活発に
1年で10kg以上の激ヤセした60kgオーバーから、52kgぐらい? これ男だよ。がりがりで、よく周りからも大丈夫? と聞かれるらしいけど、本人はいたって健康だという。彼はスポーツをやることも、ベジを行う大きな理由であるらしい。やせると聞いたとたん、その場にいた女の子たちも目を光らせだしてたな。ベジタリアンでやせるって流行らせれば、食料問題や、温暖化問題にも大きな効果をもたらすんじゃないのか? どうせ流行らすのなら、こういうことを流行らせてもらいたいもんだ。
などなど興味深い話がいっぱい聞けて、
それじゃあ私もやってみようかなあと。

でも本当に完全に抜くというより、
お肉は週に数回、できるだけ食べないようにしよう、
とその程度の決意。
セミ・ベジタリアンというのか。

最初はつらいけどそのうち慣れるよって言ってたな。
何でも、肉は消化に悪くて、
そっちにエネルギーが使われることで、
脳の活動を妨げるんだ! とか。
だから肉を抜けば、今まで以上のぱわぁが!!!
それが本当ならすごいなあ。
本を読むのもはかどっちゃうかなあ。

始めてまだ二日目だけど、
今日の朝少しだけ肉を食べた。
肉が気持ち悪いという感覚が少し理解できた。
彼らに洗脳されたかもしれない(笑)
人間って単純だなあ。(いや私が単純なのか
案外なくても生きていけるのか?

三日坊主で終わらないようにがんばろう。


2009/7/5
(no.3)
どんな世界が人にとって理想の世界だろう。

昨日島に行ってきたけど、
高齢者の割合が半分を超えてて、
限界集落とかそんなレベルじゃない。
かと言って、不幸な暮らしを強いられてるわけでもない。

人口およそ1000人、警官1人
産業は農業ぐらいしかない。
昔は石で有名だったようだが、今は廃れてる。

島の暮らしというのは、なかなか興味深いものだ。
エピソードを覚えてるだけ列挙してみよう。

港に置いてある車は、全部鍵が入れっぱなし。
その車は仕事のために本土へ出て行った人のものだ。
使いたくなったら、勝手に他の人が乗ったりする。
大体、車の持ち主がどの時刻の船で帰ってくるかは、
分かっているので、それまでに戻しとく。
後は適当にひとこと、借りたぞ!
とでも言っておけばいい。

勝手に人の敷地内に入っても、
見つかったときに、勝手に入っちゃったぜ!
と後で許可を取ればいい。
ダメって言われたら、そのとき出てく。

警官がぐるになって泥棒をやったことがある。
鍋をやってて、何か足りねえな、
と、人んちの畑に入って、勝手に作物を拝借。
警官は見張り役。
ただの笑い話にしかならない。

この島にはこの島のルールがあるんだろう。
法律が、絶対のものではないということを
感じられるよいケースだと思った。
そもそも法律というのは、人のためにあるのだから、
地域によって、違ったルールがあるというのは、
何もおかしいことではないだろう。

こういうルールはどこまでの人口であれば可能なのだろう。
互い同士容易に認識できるというところが重要な気がする。
日本全体でこういうことをやるのはきっと難しい。

江戸時代の生活はどうだったかといっても、
凶悪な泥棒だっていたし、派手な娯楽もあった。
領主がいて、武士がいて、商人がいて、
現代的な市場というものも考える必要が出てくる。
持続的な生活どうこうよりも、
金儲けが大事だということを考える人間がたくさんいる。
その中ではある程度、機械的な市場メカニズムが働くから、
富の分配がアンバランスになる。

昔、製造業関係の企業が島に入ってくる
という話があったらしい。
しかし、それを断ってしまったのだそうな。

この島はひとつの島として
生きていけるようになることを目指しているようだ。

自給自足で何とかやっていけるような
持続的な社会である。

もし日本が潰れたって、
何だか日本が潰れたらしいよ、大変だねえ
と他人事のように言えるようなそんな感じ。


島の生活を美化しているように見えるかもしれないけれど、
自分自身この生活をしたいかといえば、ちょっと難しい。
やっぱり今の生活も捨てがたい。
たまにやるならいいかもしれないが、
ずっとはちょっとなあ。

でも人間にとって本当に幸せな世界ってのは
どんなものなのだろうか。
この島のような世界か、
それとも、今あるような、
科学の恩恵を受けた、便利で、知的な世界か。

どうも島の生活を考えると、
本当に私たちは常に幸せな世界を目指し、
進んでいけているのか、よくわからなくなった。


2009/7/5
(no.2)
今日のひとこと
賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ。

歴史とか経験というのが何を指すのかにもよるよね。
過去に起こったことを、学ぶことも、
本によって知識を得るのも経験と考えれば、
賢者なんてどこにいるのかしら、なんて思ったり。

キリストやら、偉いお坊さんやらが起こしたとか言う
奇跡なんてのを信じることができず、
しかも何千年も生きてるよみたいな話も胡散くせえ、
と退ける私は経験的にしか考えられない愚者ですかね。


2009/7/4
(no.1)
今日は、戦後最大の産業廃棄物不法投棄事件の
舞台となった島を訪れました。

妙な代名詞ですが、
久々に羽を伸ばせて、気分も爽快です。
適当に写真でも乗っけときます。
携帯で撮ったので画質などは期待できません。

 090704_1037~010001
 090704_1038~01
ただの工事現場に見えそうですが、
この下はゴミが埋まってます。
ゴミがなかった頃、私が立ったこの場所は、
海抜1メートルぐらいだったそうです。
でも今は10メートルぐらいになってます。

量にして50万トンとかそれぐらいなんだそうな。
確か13年でそこまで貯めたとかだったと思う。
ちなみに、日本全体で年5000万トンぐらい出てる。
下の写真で、こんもり盛り上がってるのは、
シュレッダーダストという奴です。
(シュレッダーで処理されるのは、何も紙だけじゃない。車だって、家電だってシュレッダーにかけられる。そのとき出たゴミがシュレッダーダストなのだ。)

090704_1214~01
水の浄化装置です。
雨が降ると、ゴミに混ざり、土にしみこみ、
海に汚水が垂れ流されてしまいます。
それを防ぐためにこの機械。
いや、これだけじゃなかったけどね。
水から化学臭がしていた。

090704_1519~010001

場面が一気に変わります。
ごみのことなんて忘れて、ぱーっといきましょう。
とっても高いとこから、海を眺める。
小っちゃい島がぽつんと漂うのも趣が。
090704_1537~01
右下に何か見える?
またまた、気のせいでしょう。
これもとっても高いところから、
島を見下ろしたものです。
写真じゃ分かりにくいですねえ。

ここまでくるのも結構スリリングだったのですよ。
道と呼べるのかよくわからない道を
でかいワゴンでぐいぐい上っていきましたからね。
横を見ると、常に崖という状況で、
柵も何もありません。
ちょっとした絶叫系アトラクションです。
途中、上る際、実際に車で転げ落ちたとかいう人を
弔う慰霊碑もありました。
やはりあぶないところですね。
しかし楽しかった。なかなか経験できるもんじゃないよ。
おやっさんの見事なドライビングテクニックに感謝だ。

 090704_1555~01
 090704_1556~01

両方とも椎(スダジイ)の森とかいうとこの風景。
別名、トトロの森。
夏だってのに、ひんやり涼しいのさ、これが。
でも虫が多い。
090704_1622~01
奥に見えるのが、棚田です。
分かりにくいですよね。
やっぱり自分の目で見ないとね。


写真はこんなもん。
本当は島中を駆け回ったので、
私が見たのはこんなもんじゃないんですけど、
写真を撮るのなんて忘れて、自然を満喫していたのです。
水飲んだり、オリーブ園に入ってみたり。
首なし地蔵というのもあったな。
実際首だらけだったけど。

私が船で帰るとき、船がトラブルか何かで出港が遅れた。
そしたら遅れたからって船賃が300円も値下げされた。
(300円って乗客の数なんかも考えれば十分大きいよ?)
びっくりした。
それほどひどく待たされたわけでもなかったのに。
それから船がやっぱり調子悪かったらしく、
海上でストップした。
しかしどうやら代わりの船を呼んでいたらしく、
グレードアップした船に乗り換えた。
予期せぬハプニングもまた面白かった。

ところで、7月22日は日本で皆既日食が見られるとのこと。
今回日本で見られるのは46年ぶりで、次は26年後とか。
時間は9時半ぐらいから。
ピークが11時ぐらいか。
でも、見方には気をつけよう。
最悪、失明とかもあるかもだってよ。
詳しくは以下のサイトを。

皆既日食の情報
Secret

プロフィール

bq69pd

Author:bq69pd
以前に鳥取で大きな地震がありましたため、日本一危険な国宝とされるあれ、投入堂はしばらく見ることができないかと危ぶまれてましたが、実は今年の4月に開山されてたんですよね。危険ではありますが上がっていくと見晴らしはすばらしく、一見の価値はあるんではないかと思われますよ。私もちゃんとのぼったよ。

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