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雑文・日記 2009/6/17~2009/6/30 no.27





2009/6/30、24:30(no.27)
久々にアニマックスを見たら、
カウボーイ・ビバップをやっていたから思わず見てしまった。
だって第8話「ワルツ・フォー・ヴィーナス」だったからね。
この話が大好きなんだよ。

最後のシーンが何度見ても、駄目なんだ・・・
分かるだろう?


見えなくたって…分かるだろ。
いい奴だったさ。あんたが知ってる通りのな。

たまらないね。
せりふもいいが、声のトーンや間もね。


2009/6/30
(no.26)
以前、いつか統計とか確率とか、
やろっかなあなんて言ってたけど、
ニュートンの今月号(2009年8月号)が、
やってくれました。
いつもどおり分かりやすいので、もうそっち見ればいいよ。

それにしても確率って
何でこうしっくりこないものがあるのかねえ。
ある兄弟の片方が男だって分かったとして、
もう片方も男である確率は1/3なんだよ?
感覚として理解できないんだよねえ。

昔の人間の生活には、確率なんて必要なかったから、
今でもそこの機能が十分発達してないとか聞いたことあるけど、
あと何百年かしたら、いちいちこんなことで悩まないような人間が生まれてくるのかねえ。


2009/6/30
(no.25)
自分が間違えたことに対して、
ちゃんと指摘してくれる人っていうのは本当にいい人。
そういう人ときちんと付き合っていくべき。
もしそんな人と出会えたら、絶対逃がしちゃ駄目だね。

なかなかそういうことをしてくれる他人ってのはいない。
めんどくさいから。
下手に指摘して機嫌損ねても困るし、
そもそも指摘したところで、自分に何かメリットがあるわけじゃない。
ならなんでそんな無駄なリスクをとる奴がいるだろう。

しかし無責任なもんだ。
適当なことばっかり言うのだからね。

それなのにバシッと言ってくれる人は、
きっといい人で、おせっかいな人なんだ。
多分言われたときは、
少しぐらい、あーうっとうしーなあ、
とか思っちゃうかもしれない。

でも本当に自分の言うことにただうなずいてるだけの人とか、
イエスマンみたいな人ばっか集めたって、
何にもならないと思うよ。
ばかになっちゃうよ。




2009/6/30
(no.24+α)
訂正、ていせーい。
気高い意志だってあるんだよ。
それは欲望とはまた違ったもの、
いうなれば、情動ともいうような、
とにかく何かに突き動かされて、
それをしたい! しなくちゃいけない!
そう思うこと、それも強い意志だ。

そもそも欲望だったら気高くないってどういう意味だ。
もっと冷静にならないとっ。


2009/6/29-30
(no.24)
今日(昨日)はわざわざ他人のブログにまで出向いて、
自分のバカさ加減を披露してきました(笑)
反省しないと。

意志と判断の問題について。
何らかの決定を行うとき、
その決定は、意志が行うのではないのではないか。
判断が行っているのだと考えた方が、より正確に思える。

意志とは、人間が支配しているのではなく、
人間が意志に支配されているのかもしれない。

意志が何かをしたいと思う欲望のようなものなら、
それは好き勝手に振舞おうとして、
それを持つ人間を困らせたり、
逆にみなぎらせたりするんじゃなかろうか。

強い意志なんていうと、
何か気高いものをイメージしてしまいそうだが、
案外低次元なものなのか。
いや、ここで強調されるべきは、低さではない。
ただそれ程高貴なものでもないだろう、ということ。

ちょっと難しい問題だ。
そのうちまたきちんと取り上げたいかもしれない。
でも、私にこれを体系的にまとめられる自信がない。


2009/6/29
(no.23)
薬事法改悪はんたーい
いまさら遅いか

東国原知事やばいんじゃない?
今のうちに冗談でしたってことにしといたほうがよくない?
まだ間に合うよ。
このまま行っちゃうと、いろいろ戻れなくなるんじゃないのかな。

そんなのはどうでもいいや。
国家の破綻リスク

別にこのリンク見て書こうと思ったわけじゃないですよ。
ただちょっと都合のいい記事があったなと思ってのっけただけです。

国債を買っているのは、ほとんど金融機関。
銀行とか保険会社とか、年金とか、郵貯とかいろいろ。
金融機関のお金はどこから出てきているか。
私たちの預貯金です。

じゃあもしそれが国債発行高を超えたらどうなるの?
海外に引き受けてもらう。
でもそんな状態になっちゃってる国債危なそう。
しょうがないからプレミアム(利回りあっぷ)つけて売る。
→大変。

今の政府の債務は850兆円ぐらい。
貯蓄1500兆円(キャッシュだけじゃないよ、それとたぶん今回の危機でいくらか有価証券とかが目減りしてるはずだよ)
どこまでもつのかな。

いや私がここに書いたのは、上の話が本当なのか知りたいからです。
日本国民の持つ資産が政府債務を下回ったら、
もうアウトなの?
信憑性あるの?

政府の債務はインフラやら貸付やらに回ってるはずで、
バランスシートの上では均衡してるはずなんだけど、
どう考えればいいんだろう?
よくわかんない。
考えれば考えるほど混乱してくる。
本当に勉強不足だな。


2009/6/29
(no.22)
マイケル・ジャクソンは本当に死んだのだろうか。
コンサートでひょっこり出てきたりして。
何となくそんなことを考えてしまう。

こんなことを言っているが、恥ずかしながら
私は今まで彼が様々な苦難に遭っていたことを知らなかった。
白いのも整形で、過去に子供を性的虐待したことも、
本当のことだと思っていた。
本当に私はバカだと思った。
ちょっと調べれば色々と分かることなのに。

ウィキペディアを見て、
それらが全く真実からかけ離れている情報だったと知った。
ウィキペディアかよ、と思うかもしれないが
そこにある情報はおおよそ正しそうだった。

少なくとも、肌が白いことや、性的虐待については、
完全に誤解だった。

それでも、分からないことはある。
例えば整形について。
肌は関係ないが、顔は確かに変わっている。
そこについて、確かな情報がいまいち得られない。
まあ、今となってはそんなことはどうでもいいことかもしれない。

とりあえず、
冥福を祈るのはもう少し待ってからにすることにしよう。


2009/6/28
(no.21)
本当は今日休みだし、キルケゴールがんばろう
とか思ってたんです。
でも別の記事に思った以上にてこずって
それどころじゃなくなったんです。
もう眠いです。あと今日寝すぎて頭痛いです。

だからここで、キルケゴール次回予告です。
次は父のミカエルとの関係を書きます。
キルケゴールは父との関係がとても深いのです。
ちなみに今、『不安の概念』読んでます。
とはいえ全然進んでません。
他の事で忙しすぎます。

父との関係はすぐにでも書けると思うんですが、
その次はいつになるのかさっぱりです。
拙速にだけはならないようにしないとね。


2009/6/28
(no.20)
日本人ってのはみんな基本的にロリコンなんだよ。

またおかしなことを言い出してすみません。
でも私自身、何度かこういう主張を
見かけたことがあるような気がします。

海外と比べれば分かりやすいと思うんですけど、
あっちの女性は大人って感じですよね。
ティーンエイジャーがティーンに見えないぐらい、大人っぽかったり、老けて見えたり。(私の主観です。)

で、日本人女性はみんな童顔だと思うんですよ。
よく海外の人も日本人女性を見て、
小学生かと思った、とか言ったりしますよね。

私も比べてみると、やっぱり日本人女性は子供っぽいなと
思います。(別に悪い意味じゃないですよ。)
背も小さいし、顔小さいし、
小動物系って感じがします。

日本人男性は、そんな女の子に囲まれてて、
そういう子たちと、付き合って、結婚してるんだから、
客観的に見たらロリコンってことになるじゃないですか。

芸能人でも、
女性はモデルとかセクシー系にはまりますけど、
男性はかわいい系にはまりますよね。
だいたい人気があるのって、かわいい顔をした
小柄な女性ばっかりじゃないですか。

ね?
やっぱり日本の男はたいがいロリですよ。
私も、海外の色気むんむんのセクシー女優は、
目の保養としてはいいけど、
少し苦手なとこもあります。(何がだろう)
ミス・ユニバースとかもいまいち理解できないタイプです。

ほとんど私の主観ですので、
そんな奴らと一緒にするな! 
という方もいらっしゃると思いますが、
あんまり目くじら立てないでください。
あぁ、これに関しても何かあれば、コメントは受け付けます。
文句でも何でも、気にせずどうぞ。
おかしいところがあったら、
それも指摘してくれるとありがたいな。


ところで、何でこんなことを言い出したのかというと、
児童ポルノからです。(またこの話か)
設定が18歳以上でも、そう見えない場合、
アウトだよということだそうなので、
それはどうだろう、と。

まあ、歳は500歳だけど時間が止まってたとか、
寿命が異常に長いとか色々ケースがあるらしいから
それも付けたくなるのは分かるんですけどね。
(いやそもそも絵を規制するなよって話ですけど。)

18歳未満かそうでないかを、
絵から見分けるのって、かなり困難じゃないですか。
どのポイントを押さえておけば
18歳以上と見られるのでしょう。
まったく、なぞです。


2009/6/27
(no.19)

児童ポルノについての議論のビデオ。
国会審議テレビ中継(2009年6月26日)

どうやら、規制ありきで議論がなされているらしい。
私も、実際の子供にエロいことさせてるのは駄目だと思うよ。
でも、明らかに範囲広すぎでしょ。

それにしても、
46分30秒あたりからの定義は、シュールだ。
パンツはどうとか後姿のヌードがどうとか、
でん部やら肛門やら真面目に議論してるのにくすっときた。
着エロ(笑) はいてればいいってもんじゃない(笑)
駄目だ、挙げだしたらきりがない(笑)

いや、そんなこと言ってる場合じゃないわ。
1時間50分あたりからがかなりやばい。
おっさん大暴走。
こいつに足利事件の顛末について、
自分でしゃべってもらうよう要求すればよかったのに。


2009/6/26
(no.18)
備忘録として、ちょっとやるかもしれないことをリストしとこう。

哲学の名前の由来。ふぃろそふぃ?
汝自身を知れ。
無知の知。
言語学を学ぶことの重要性。
キルケゴールまとめ~読んだことない人は理解できないヴァージョン~
意志・判断・欲望その他、人の感覚
統計・確率面白ゲーム
たとえば、モンティホール、正確性99%の検査薬etc...
囚人のジレンマ
最近めっきりやらなくなった素人経済解説
(前にやったサブプライムも不完全燃焼だし、このままじゃ終われない!)

などなど思いつき次第追加予定。
ただ、すでに手垢のつきまくったようなものもあるから、
やるとしたら別のやり方を考えないといけないものも多そうだ。

そういえば最近、太宰が流行ってるみたいだね。
雑誌は太宰取り上げてるし、
本屋も太宰の本を、ばばばっ! っと前面に押してきてるね

NHKでこの間ヒストリア見たよ。
なかなか面白かった。

太宰は昔、人間失格を読んだけど、
なんだこれ、つまんね。
という感想を持ってそれきりだ。
まあこの時代の小説としては珍しかったから、
売れまくっただけの話なんじゃないの?
そんな感想を持ったなあ。

ヒストリアからの知識をもって、
今は、太宰の生き方がユニークだったから
作家としても注目されたんじゃないの。
という結局微妙な評価。
まあ私の評価なんてどうでもいいだろうけどね。

太宰の本は人間失格以来読んでないから、
よくわからないんだよなあ。
あと思い浮かぶって言ったら、
メロスは激怒した
ぐらいだもんなあ。

本当は私も流行に乗って、この機会に太宰を読みたいんだけどねえ。
なかなか時間がとれなくてねえ。(こんなこと言ったらヒルティにおこられるか。)
ちょっと前に紫式部1000年祭やってたじゃないですか。
あの時も結局、全然乗れなかったんですよねえ。
興味はあるんですけどねえ。
せっかくの機会なんだから、
あえてブームに乗って、その人を思う存分楽しむのもいいと思うんですけどねえ。

流行りものは嫌いっていう人もいるかもしれませんけど、
こんなにいろんなところで取り上げてもらえることなんて、
きっとそうそうないですよ。
だからこそ、流行をものにして、
思う存分楽しむべきだと、私は思いますよ。
今がチャンス!なのです。

2009/6/26
(no.16後編)
昼間どうしても眠くて、机に突っ伏し、仮眠をとる。
起きても脳がまだ眠りたがっているので、
なんとかしなきゃとコーヒーでも飲む。
少しはマシになってきたところで、
今日ブログに書いたことを思い出す。
そういえば、またおかしなこと書いたな。

スリルのある国に行きたいだのと書いた。
よく考えると前に言ったことと少し矛盾してないか。
阿鼻叫喚な光景はいらないって、いったじゃない。
今もその気持ちに変わりはないつもりだ。

じゃあどうやって今日書いた文章と整合性をつければいい。
そこで思いついたのが、
幸せな国でのスリルと、不幸せな国でのスリル。

日本で起きるスリルは悲しい。
予想していないから。

イラクとかパキスタンでのスリルはそうでもない。
わかりきってるから。

要するに、自分の思ってなかったようなこと、
予想外なスリルには不快感を示すが、
すでにあるスリルについては、自分から飛び込もうというのだから、
悲しいも何もないのだろう。
いやそこに悲しみが全くないわけじゃないけれど。
飛び込むことでよりその悲しみは、理解できるようになるかもしれない。


2009/6/26
(no.17)
下に書いたとおり言い訳を、追加しようと思ったんです。
で、書いてみたんです。
そしたらもとある文章と、
新しく追加した文章とで、
あまりに質が違うというか、
どうも説明にある雰囲気をぶち壊してしまいそうな気がしたので、
そちらに追加するのはやめました。

でも、せっかく書いたのに消すのはもったいないじゃないですか。
そんなわけで、もうこっちに残すことにしたのですよ。
じゃ始めます。


START
思いつきなのできっと普通の人から見ると、
引くような、意味不明な文章が盛りだくさんになるだろう。

しかし、そこで私を変な奴だと決めつけるのはやめてくれ。
人は誰でもおかしなことを考えてるもんだろう。

私は人の考えというものを、ここで分析しようとしているだけだ。
私が考えたことは、私だけの考えにとどまらないはずだ。
あらゆる人が私と同じことを考えることができる。
誰もが私になる素質を持っている。

私にも誰か、いや誰でもだ。
どんな人間にでもなれる素質があるはずだ。
ただそれは、DNAだか、環境だか、
何らかのスイッチによって、
偶然私が今の私になったというだけのこと。
そして、そのスイッチは無限通りある。

はたして、ここを読んで私に、
スイッチを入れられてしまうような人はいるのかな?

あなたにだって、私になることができるかもしれない。
それとも、あなたは、私でも今までのあなたでもない、
別のあなたに変わるのかな
END

さてどうでしょう。
こんな文章乗っけたら、
せっかくのほんわか記事が一気に暗黒記事にまっさかさまでしょう。
(何を言ってるんだろう、自分で)


2009/6/26
(no.16前編)
ちょっと変なことを考えることがある。
イラクとかパキスタンとか、危険といわれる国に、
行ってみたいな。

きっと自分が生きていることを
思いっきり実感できるだろう。
いや、やっぱりそんなこと考える暇もないかもしれない。

でも、北朝鮮とかはだめだ。
そこは死よりも監禁のほうが先に来る。
先日もアメリカ人が捕まって、豚箱行きになった。
13年だったか。
そういうのは最悪だ。
時間の無駄だ。
13年が失われる。

死ぬか、「必死に」生きるか
そのどっちかがいい。

こんな考えが浮かぶのは、
きっと自分が幸せといわれる国で、
ぬくぬくと生活できているからだろう。
当事者からすれば、舐めたこと言ってんじゃねえって思えるはずだ。

でも、日本も微妙だよ。
幸せなのは幸せかもしれないけど、
たまに退屈だ。

それにみんなが、幸せなわけでもない。
不幸な人は、不幸だ。
死ぬにしてもじわじわと追い詰められて死んでいく。
これも最悪だ。

ものだけは豊かな国だから、何もなくなっても、
ギリギリのところで、生をつなぎとめることだけは出来る。
でも、そこから幸せになるのは難しい。
生とつながっていられるにしても、限りがある。

年はとるし、体力も衰えていく。
若いころのぎりぎりラインと、
老いてからのぎりぎりラインは同じじゃない。
じわじわとそのラインを満たすことができなくなっていって、
やがては、死にいたる。
真綿で首を絞められるのと似ているかもしれない。
でも、それだとちょっと表現としてはぬるい気がする。
それと同時に身体が朽ちていく感じ。

最初の話に戻ろう。
危険なところに行きたいなんて言っても、
ほんとに一生、そんなところにいたいとは思わない。
やっぱり幸せな国で幸せに暮らしたい。

そう、結局ただの、先進国に暮らす人間が考える、
わがままで、愚かな、戯言にすぎない。

そんな何もわかっちゃいない、
無知から来るような欲求を満たすために、
ヴァーチャルワールドが、
それをゲームとして楽しめる、
娯楽があるんだろう?


ほら、結局何が言いたいのかよくわからない文章になったじゃないか。
このカテゴリは、このブログの中で一番意味不明かもしれない。
あとから自分が読んでも混乱しそうだ。
まして他人にでも見られたら、
こいつ危ない奴なんじゃないの?
とか思われそうだ。

でもそう否定されるべきものでもないと思うんだよ。
きっとだれもが考えていること、
ただそれを、私はこういう形で分析しようとしているだけなんだ。
これを読む君らの心の中にだってこういう考えはきっとあるはずだ!
そうだろう。

これくらいの言い訳ぐらいさせてもらわないとな。
せっかくだから、この言い訳をカテゴリ説明に追記しておこうか。


2009/6/25
(no.15)
幸福実現党とかいうのが、気づいたらできていた。
都内とかそういう目立って、狭い範囲でしか、
どうせ活動してないんだろう、
と思っていたのだが、
地方の駅前で熱心に朝から何やら呼びかけていた。

まさか、こんなところにも来てるとは。

地方とはいえ、プチラッシュのようなもので、
そのとき駅から次々と、人が出てきていたので、
アピールとしてはうまくいったのだろう。

以前、いまみたいな時代は、
民の心をがっちりつかんで洗脳してやりやすいよね
みたいな記事を書いたような気がするが、
これにはちょっとした危機感を覚えなくもない。

やっぱり今、人々の心は少し弱りがちに思うので、
宗教というのもちと厄介。
結構はまる人が多そうな気もしなくはない。

実際、幸福の科学の出した本が、
5月ビジネス書ランキングだか何だかで、
トップ10内に3冊も入っていた。マジかよ…

幸福の科学は、新聞なんかで下の広告に出て、
あー胡散臭そうなこと言ってるなあ、程度に思っていた。
まあ何かひどい実害があると聞いたこともないし、
気にすることなんてなかった。

しかし、今回はちょっとまずいかもしれない。
勢いでほんとに票とっちゃったらどうしよう。
どこで見たか忘れたが、
昔と比べて、占い、来世、あの世などなど
今は、神秘的なものを信じる人が増えてきているとかいうデータがあった。
別にそれがいけないわけじゃない。
いけないわけじゃないのだが…

日本の国民がただのバカじゃないところを見せてもらいたい。
子供だましな甘言には乗らないぞ! というところを見せてほしい。
ほんとにお願いしますよ。

願わくば、この私の心配が、
杞憂で終わってほしいところだが、
はてさて、どうなることやら…



2009/6/25
(no.14後編)
世の中不思議なことがあるものだ。
普段全然飲み会に行くことなんてないのに、
その日、私は飲み会に行くことになった。

いつもより声張って、気づけば声がかれていた。
適当に食べ物も飲み物も頼みまくった。

私は、なるべくいっぱい食べるようにしていた。
思えば、それが残された最後の良心だったのかもしれない。
それでも、さすがに無理があった。
私たちのテーブルでも、数皿残すことになった。

ここで問題だったのは、残したという事実ではない。
そんなこと、ここではたいした問題じゃなかった。
本当に問題なのは、残すことに何も感じなかったことだ。
残して当たり前、そんな感じだった。
普段の自分とはまた違う自分がそこにいたのか。
たぶんそういうわけでもないかな。自分は自分だ。

数時間前には下のような事を思い、
それからすぐ後に、こんなことをして何も感じない自分がいた。
私はやっぱり聖人君子にはなれないのだ。
難しいことを考えずに、バカで生きたほうがやっぱり楽だ。

しかし、今度ばかりは参った。
神とか運命とか、普段は全く興味のない私でも、
いったい何の因果が巡ったのかと思った。
タイミングがいいにもほどがある。

お前はそんなことを考えられるほど高尚な人間じゃないだろう、
と、目に見えぬ何者かに、自覚するよう仕向けられたのかと思うほど。
自覚させようとするってところがポイントだな。
何か食べモノのばちが当たるとかじゃないんだもんな。
そっちのほうがわかりやすいのに。
やらしい攻め方するなあ。

やっぱりもうちょっとラフに生きるべきかね。
自分はいろんなことをかんがえてるんだぞ!
なんて、実際には何もわかってない人間が
そういう風に考えることこそ、何よりも滑稽じゃないか。


2009/6/25
(no.14前編)
遅いランチにメロンパンを一つつまみ、
近くのゴミ箱にビニール袋を捨てに行ったところだった。

ゴミ箱に弁当が捨てられているのを見た。
私がよく買っている420円の弁当だった。
最初見たとき、そのまま捨てられてるのかと思ったが、
半分残して捨てられていた。
おいしそうだった(笑)
小食の人か、ダイエット中の人が残して捨てたんだろうと思った。

半分くらいだから210円か、
なんて計算がすぐに働いた私は、
とんだ貧乏性だと心の中で自嘲した。
(でも、容器代を考えていないな。)

日本で大量の食糧が廃棄処分されていることは知っている。
テレビでたくさんの食糧がどっさり捨てられるのを見たこともある。

私が目にしたのは、たかだか弁当半分、
200グラム程度だろうか、よくわからないな。

それでも何かきつい感じがした。
いつも同じものを買っていたことは、
感情に拍車をかける要因になっただろうか。

なぜ食料の大量廃棄なんて起こってるのだろう。
日本人は食にうるさいんだとかみんな言ってたじゃないか。
だったらこの問題にだって、
もっとうるさくなるべきじゃないのか。




2009/6/24
(no.13)
前にRSSリーダーとかどれだけの人が使ってるの?
とかなんとか書いた。
決心がついたら、消すかなとも。

どこだったか忘れたが、どこかのブログで、
RSSリーダーは超便利とか書かれていた。
みんな使ったほうがいいよとかなんとか。
大絶賛。

私は今のままで特に不自由してないので、
もうその機能を試そうとも思わない。

こういうことを考えると、
私は保守的な考えに染まってきているのかとも思ってしまう。

年をとると保守的になるというが、
めんどくさがるところから、始まるのだな。
ショックだなあ。
でも何かをやろうとする人、やっている人を、
安易に否定するような大人にだけはなりたくない。
それはきっとこれからも変わらないはず。
そうであれ。

なにはともあれ、これでサイドバーから、
RSSリンクはしばらく消えそうにない。

ところで、この記事って、
カテゴリの「感想 日常」とかぶってないか。
雑文から生まれた、イイ! と思えるところを
サルベージして、「感想」に移してしまうか?

あと、訪問者100人おめ!
どうも訪問カウンター回ってるの見ると、
そっちに迎合するような記事を書いてしまいそうだ。
それじゃ意味がない。
1日20人って少し多くないか。どうやって来てるんだ。
あんまりたくさん人が来るのもいやかもしれない。
ちょっと疲れる。
でも誰も来ないのもいやね。
いくら自分のために始めたとはいえ。
こんな広いネットの世界なのに、ひとり置き去りにされた気分になりそう。
でもそれも気楽?
結局どっちだ。
人は複雑だ。でも単純でもある。…いつまでやる気だ。


2009/6/24
(no.12)
またわけのわからない、ひどいことを書くかもしれない。
無知な人間が書く、無内容な文章。

パートその他の非正規が行うような仕事は必要か。

非正規にこだわる必要はない。
正社員でも、いろんなのがいる。
非正規と同じことをやってる正社員だっている。
問題なのは仕事の中身だ。

流れ作業的な仕事というのがある。
部品を組み立てるだけとか、
製品にちょっと手を加えるだけのような、
人間がやる必要があるのかよくわからないような仕事だ。(こんなことを書くやつはえらそうな人間だな。人間がどれほどのものかと聞かれてもきっと答えられないのだ。)

そういう単純作業は、そのうち全部機械やロボットが
勝手にやってくれるようになるんじゃないだろうか。
というか、さっさとそうなってほしい。

でもそうなったら日本だけでも1000万人以上の職がなくなるかもしれない。
そうなったらどうしようか。
無職の人を支援しつつ、何か職に就くよう頑張ってもらおうか。
知的な職種を増やさないとな。

いやしかし、
実際に今ある仕事の多くをロボットや機械ができるようになれば、
働かなくても、食べていける人はもっと増えるんじゃないか。

経営者は人件費をカットした分、大もうけだ。
設備投資には金がかかるから、そこはまた別の消費に回る。
じゃあよけいに儲けた部分を税金かなにかで奪い取って、
無職な人々に回せないだろうか。
でもそれじゃ誰も働かなくなるのか。
こういう場面こそ、インセンティブ信者の経済学者の出番だろう。

それとも一人ひとりがロボットをもって、
ロボに代わりに働いてもらうか。
メンテナンスとか考えれば、みんな工学を学んだほうがよさげだ。

ふむ、何を考えていたのかよくわからなくなってきた。
雑文らしい雑文ができたな。


2009/6/24
(no.11)
ふとテレビを見ると、
これから子供に臓器移植を受けさせようと、
アメリカへ行くという家族が映っていた。

やるせない気持ちになった。
その家族はとても喜んでいた。
そこに悪意なんて感じられなかった。(当たり前だ)

私は、この家族を見ながら、
ああ、この子供を助けるために、一人分の臓器が使われて、
さらに向こうで受けられたかもしれない、
アメリカ人一人分の枠を奪ったのかな、
そんなことを考えていた。
(まあ私は臓器移植そのものに反対なのだが)

なんというか、どうしようもない。
目の前に映っている子供は、臓器移植を受けることで、
もっと生きられるのだろう。
でも、そのために誰か他の命はなくなるかもしれない。

私たちは一体何をしているのだろう。
いつから人間の体は、こんなに安っぽくなったの。
こんなことを言う私も、何様なの。
いちいちこんなことを気にする自分が気持ち悪い。


2009/6/24
(no.10)
何だろう、今まで特に疑問を持ったことはなかったんだけど、
女性ってジャニーズとかイケメンっていうの大好きですよね。
それはいいんです。

でも、明らかにそれ子供だろうっていうのが、
多くありませんか。

何だか、ジャニーズって最近小学生みたいな子とかいませんか?
いや、あんまり気にしてるわけじゃないんで、
いなかったらいなかったでいいんですけど。

いい歳をした大人の女性方が、自分の年齢の半分以下の子に
キャーキャー言ってるのはどうなんだろう。
いや、そういうのは個人の好みですし、別に否定はしませんよ?

でも、これって逆の立場で考えてみたら、
つまり30ぐらいの男が、13,4歳ぐらいの少女に、
熱をあげていたらですよ。
普通気持ち悪がられますよね。
ていうか、犯罪の匂いとかしてきますよね(笑)

でも、女性はそういうの気にしてないというか、
子供みたいな子に熱をあげてる姿が、
普通にメディアなんかでも流れてるんですよね。

いまさらって感じはしますけど、なんだか不思議なような、
腑に落ちないような、そんな感じがしました。



2009/6/22
(no.9)
今日はやたらと書いている。まあいい。
喫煙問題についてすーぱーびっぐ、あいでぃーあを思いついたので、
適当に書いておきたい。

タバコとなると、どこに行っても議論が盛り上がる。
でも大体内容は、つまんない。
だってみんな同じことしか言わないし、
さんざん聞きあきたようなことばっかりなんだもん。

さて私が思いついたのは、
喫煙免許制である。
こんなことを言ったら、喫煙者のみなさんに
ぼこぼこにされるかもしれない。
でも、一応昨今の喫煙バッシングには、喫煙者かわいそうに、
とも思ってますよ?

喫煙免許制というのは、
その名の通り、喫煙を免許制にすることだ。
ちょうどタスポができたことだし、(もしや政府もいずれ免許制にすることを睨んでいたのか!?)
それを利用して、喫煙者を管理するのである。
(管理とか言うと少し怖いな)

吸っちゃいけないとこで吸ったり、
吸いがらをポイ捨てしたら罰金取って、
ある程度ポイントがたまったらタスポを取り上げる。
自動車免許と同じ考え方ですね。

でも、この政策だけを進めたらきっと喫煙者がぶちぎれるだろうから、
飴と鞭ということで、何か喫煙者の権利を広げるようなことも考えないといけないだろう。

ともかく、いったんこの制度を取り入れたら、
徐々にたばこめんどくせえなって、なって、
いずれは喫煙者もほとんどいなくなっちゃうんじゃないかな。
そうなったらもうタバコを麻薬とおなじような扱いで、
禁止するなり何なりできるよね。

それにしても、自分で書いててひどいなと思った。
別に私は過剰な嫌煙者とかじゃないですよ。
ただ思いついたから書いてみただけなんです。



2009/6/22
(no.8)
文系人間と理系人間を分けて考えようとする人が多い。
でも私には、そうしてしまうことで
自分の可能性を小さくしてしまうように思える。

理系とか文系とか自分で枠組みを決めてしまうことで、
自分は理系だから、文系だから、と言っていたんでは、
本当に思考が一方に片寄って、凝り固まってしまうんじゃないか。

でも理系人間とか文系人間とかって何?
理系:論理的、文系:感情的
こんなとこかな。

・くだらないたとえ
例えるなら、理系人間はコンピュータもしくはロボット
文系人間は子供だろうか。

じゃあ、子供にコンピュータを取り込ませれば、
もしくは、子供型ロボットを作れば、
文系と理系のハイブリッド型が生まれるね!

我ながら、くだらない。


2009/6/22
(no.7)
突然だが、私はアトリエシリーズのファンだ。
ザールブルグとグラムナートシリーズが好きだ。
私の中でのアトリエというのは、
マリー-エリー-リリー-ユーディー-ヴィオラート
なのだ。

あとは知らない。
イリスはまた別物と認識している。
だが、別にイリスが嫌いということはない。

ガストの作品は、
いわゆる萌えオタクとの潜在的な親和性が高く、
いつかターゲットを完全にそちらに絞ってしまわないか不安だった。

そして今回、
私のその不安は現実のものとなってしまったかもしれない。
ロロナのアトリエが3日後発売するが、
萌えオタがやたらと騒いでいる。

もともとアトリエシリーズは、
彼らの趣向に合うものだったように思われる。
しかし今までは、知名度の低さからあまり注目されることはなかった。

多分、転機はアルトネリコにあったと思う。
ある動画で非常に有名になった。
でもこのゲームも嫌いなわけじゃない。
ヒュムノスコンサートも所持しているぐらいだったりする。

何はともあれそれ以来、
ガストはある程度認知されるようになったんだろう。
そして今回、ロリコン大喜びのデザインで、
アトリエが出た。

ちょっとショックだったりする。
ロリコンが食いついたことが、ではない。
(いや、それもないとは否定しきれないが)
ガストが、そういう路線に乗ってしまったことが、である。

そりゃ今までも、かなりおかしな路線走ったりしていたところはあった。
でも、自分の中でアトリエは上に挙げた据え置きで出された5作品だから。
アトリエさえ無事なら、他で何をしようと構わないと思っていた。
でも、そんなのは夢でしかなかった。
私は長い間、現実から眼を背けていただけなのかもしれない。
今回、ロリコンが大きく騒いだことで、夢からめざめた
そういうことなのかなと思う。

私はガストを応援している。
でも、萌えはいつか飽きられる。
ロリだって長くやっていくには厳しい。
そちらの方向に迷い込んでしまったら、
いつかは袋小路に入ってしまうのではないか。
それが心配だった。

私はこれからもひっそりとガストを応援するだろう。
ガストが萌えだけで終わってしまわぬように。
がんばってもらいたい。


2009/6/21
(no.6)
陵辱系ゲーム規制反対派はまだがんばっているようだ。
過去に性暴力を受けた経験のある女性のブログが盛り上がっていた。
よりにもよって、とんでもないのを相手に選んでしまったものだ。
私だったら何としても避けたい相手だ。

その女性はもちろん規制賛成であり、
反対派は必死に自分たちの合理を説いている。
だが、私にはそれが火に油を注ぐ行為としか思えない。

反対派の悪いところは、
自分たちに絶対の正義があると思い込み、
相手の考えを非合理として、
相手の言い分にちっとも耳を傾けようとしないところだ。
残念ながらそれでは問題は解決しないだろう。
(反対の側に、本当に完全な正義があったとしても、だ。)

今の彼女にとって、
反対派は、過去に自分を傷つけた暴漢と
同類のように思えるのかもしれない。

もし彼女と対峙し、
どうしても問題の解決を図りたいならば、
ひたすら譲歩するしかない。

自分たちにとって最悪の結果とならないように、
ギリギリまで相手の言い分を聞くのである。

それが私の考える、現時点で最適な戦略だ。
そもそも彼女にそういうゲーム、
そして今回の問題が知れてしまったことで、
反対派は、もう既に負けているのである。

だが、今は打つ手がないが、他の方法もなくはない。
その方法とは待つことだ。
そして相手がある程度冷静になったところで、
論理で押してみる。

人はどんなに嫌なことでも時間が経てば忘れることが出来る。
どんなことであってもだ。
感情や記憶はそれ程長続きするものでもない。

でも、それは人間の長所でもある。
これがなければ、今頃、人の死因トップ3ぐらいに
自殺が入っていたかもしれない。
それにみんな内にこもってしまって、
社会などあったものでなくなりそうだ。

ただやはり、今回のケースでこれはすすめられない。
いつになったら彼女が過去のしがらみから
放たれるのか分からないし、
恐らく今回の一件は、彼女にとって相当苦痛だったろう。

昔の古傷をまた今になってえぐられたのだ。
いや、今現在えぐられているさいちゅうか。
反対派も残酷なことをする。


2009/6/20
(no.5)
今日のひとこと。
罪を憎んで、人を憎まず。

何となく最近ぼんやり考えていた言葉を書いただけです。
今日ひとこと書いたからといって
明日もひとことあるとは限らないのです。


2009/6/19
(no.4)
最近ブログの更新頻度がやばい。
すごいがんばってるよ、自分。
なぜそこまで必死なのか。
このままいくと実生活に支障をきたしかねない(笑)

ひとつの記事を書くのは結構時間がかかるんですよ。
さらっとやってるように見えて、
実は一つの記事に2,3時間ぐらいかかってたりして。

この前のゲーム云々なんて、
調べて、グラフ作って、考えて、で結局休みが全部つぶれたんですよ。
私はバカなんじゃなかろか。

そんなわけでできることなら、
しばらく更新を休みたいところ。

ところでサイドバーにあるプラグインの掃除を行ったんですよ。
最新記事とか、月別アーカイブとかあるところね。

そこで意外と便利な機能があるもんだなあ、
と思ってやってたりしたんですけど、
あんまり機能つけて、ごちゃごちゃしたブログにしたくもないんで、
つけたり消したりしてたんですけど、
消していいのかどうなのかよくわからないものってあるんですよね。

企業のマーケターの気持ちが少しわかったような気がしますよ。
たとえば携帯電話でいらない機能が大すぎって言うけど、
企業側は、ある機能をなくすことで、
ほかの機種に客を取られないか心配だっていうんですね。

どの携帯にもワンセグ機能ついてるけど
これ実際にどれだけ使われてるんだとか。
なくしても買ってくれるのかわかんないから、
とりあえず付けとけみたいな。

前置きが長くなりましたけど、
私がよくわからんって言ってるのは、
RSSリンクブロとも申請とかいうやつです。

まずRSSリンクってこれ使ってる人いるの?
私はRSS全然使わないんでよくわからないんですよね。
今のとこブックマークで事足りてるって感じです。

それからブロとも申請ですけど、
機能を調べてみると、
  • 相手のブログの更新状況が表示される
  • ブロともにメッセージ(メール)を送る
  • ブログの記事を、ブロともになった人だけ読めるようにする
だそうです。
びみょ~…
いらねえよなあ…

それでも残してるのは、
もしかしたら使う人がいるかもしれないから。
上で言った携帯のマーケターと同じですね。
こんなもんいるか! と決心がついたところで消えるでしょう。

あと、今頃になってアクセスカウンターの設置。
実際どれぐらい人が来てるんだろう。
もともとアクセス稼ごうとして始めたブログじゃないから、
乗せる気はなかったんだけど、
やっぱりあったほうが便利かなと思い始めた。
なんだかんだで励みにはなるかなあ。もちべーしょんとか。

ただ、このブログは検索して、
直接一つの記事にアクセスする人のために、
書かれているところが多く、
(一つの感想として、こういうことを考えてるやつがいるという、参考にでもなればいいかないという思い。だから更新もそんなにする気がなかったり。)
あまりたくさんの人を呼び込もうという気はないので、
これからもニッチに細々とやっていきたい。
(現実でも人の多いところは苦手で(笑))

ふう、またたくさん書いてしまった。
ただ思ってることを書くだけなのに、なんでこうも長くなるかね。
この文章を書くのにかかった時間:1時間程度

いま思いついたけど、
せっかくナンバリングしてるんだから
この記事も適当にタイトルつけて全部まとめてみっか。
そもそもこんなに一つが長くなると思わなかったんだよなあ。
思いつきなので、実行されるかどうかは不明。

今の最新記事で、本の感想はひとつ。
内容と主旨がさっぱり合わないブログになりつつあるような。
本を読まないとな。

(ひそかにキルケゴールの全まとめ的なものを画策中。
キルケゴールカテゴリーが生まれるか!?
ただし、行われるとしても1年ぐらいあとになりそうな予感…
いや、その前に挫折するか…
だって、完成したころにはたぶん数(十)万字とかそんなんだよ…)


2009/6/18
(no.3)
何やら臓器移植について、
年齢制限なし、脳死は人の死というA案が衆議院を通ったらしい。
しかしまだこれですべて決まりというわけではないようだ。
参議院が残ってる。

私は臓器移植そのものが反対だが、だからといって賛成派がいてはいけないとかいうわけじゃないし、今回の件に関しても、結果がどうであれ、それほどこだわるつもりはない。

ただ気になるのは、本当に真剣に考えて議論されたものなのかがよくわからないこと。
議員どもちゃんと考えて決めたのかよコラ
とかそんな気持ちになっちゃう今日この頃。


まだ続く2009/6/17(no.2)
最近臓器移植の問題がやけに取りざたされている。
子供の臓器移植をやりやすくしろとかいうことらしい。
いきなりだが、私は反対だ
(最近反対してばっかだな)

私も以前は、
どうせ助からない命で、他の命を助けられるんだからいいんじゃね?
みたいなことを、なんともアホ丸だしな考えで、抜かしくさっていた。
自分の問題じゃないし、それほど本気で考えてるわけでもなかったから
機械的に結論を下していたのだろう。
(いや、だからと言って賛成派がアホ丸だしとか言っているわけじゃない。
でも私とはちょっと考えが合いそうにないな。)

私が考えを変えたのは、臓器移植についての本を読んでからだ
(気が向けば、また読書感想文のひとつの記事として取り上げるかもしれない)
その本は、臓器移植自体を批判する内容だった。
読んだ時はまさに目から鱗というものだ。
目から鱗がぽろぽろ落ちてくるぐらいな勢いだ。
これを読んで賛成派から反対派に一気に「転向」してしまった。

その本では、臓器移植で、脳死をねつ造されるとか、
まだあったかくて、目の前で息をしてる人が
切り刻まれることに対する残された人の感情を考えろとか、
本人はドナーカードで意思表示してて、家族なんかに
その最後の決断を下させるとか、どんなに残酷なことかわかってんのかとか、
うんうんうならされた。

極めつけは、著者が何やら議会に、
臓器移植の問題点に関するいくつかの問いを提出するとこだ。
これまたうまくまとめられていて素晴らしいものだったんだ。
誰がこれに答えられるかのかという難問ぞろいだ。

さて、こういうこともあって、私としては
子供がどうとかではなく、臓器移植そのものに反対だ。
人をモノ扱いするんじゃねえ、といったところ。

どこで見たか忘れたが、体は部品で魂がコア。魂はどうせもうなくなってんだから
臓器やれよみたいなことを言ってるやつがいたが、これは論外だ。
意味不明な俺様論理押しつけんじゃねえボケが、と言いたい。

まあ、こんなことぬかすやつはどうでもいいけど、
きっとまともな賛成派と言い合ったらこの議論は平行線をたどるだろう。
問題があまりに哲学的すぎる。

ここからはかなり偏ったことを言い出すかもしれない。
私個人の考えとして、
何もかも医療に頼るべきでないと思う。
「人が人の命を操ろうなんておこがましいとは思わんかね」
みたいなセリフが『ブラック・ジャック』にあった。
まさにそんな感じだ。
ちなみに上の言葉も私の中でずっと生き続ける貴重な言葉のひとつである。

人の命を使って、また別の人の命を助けようとか自然の摂理に反してると思う。
自然の摂理が何かはわからんけども。

大体臓器移植をやるのって、金持ちなんだよね。
あたりまえだけど金のない人はそんなことできないわけでさ。
それで、助からない命を助かる命に与えろっていうのは
なんか違うような気がする。

意味不明な例になるかもしれないけど、
臓器移植が効率的だからっていう人は、
たくさんあるお金でアフリカの子供救ったほうが
コストパフォーマンス的に考えていいんじゃないの? って。
臓器移植する金でアフリカの子供何人救えるんだろう。

普段はアフリカの子供がどうとか全然考えないような人でも、
臓器移植となったら効率がどうとかいって賛成するのは、
どうなのかしら?

使いもしないお金持ってる金持ちから、
アフリカの子供税とか言って税金徴収すんのと
助からない命持ってる人から、助かる命へと移すことは
違うことなのかなあ。

ちなみに私はアフリカの子供がどうとか普段考えていない。
私が先進国で豊かな生活を送れるのは、
因果が巡り巡って、彼らの犠牲のおかげなのだとしても、
私は彼らのことを考えない。
疲れるから。
わからないもの。

効率がどうとかいう賛成派も多分何らかのロジックで
ねじ伏せる(言い方悪いな(笑))ことはできる気がする。

問題は、実際に臓器移植を受ければ助かるという命を持つ立場になって考えた時だ。どうすんだ。

臓器移植で助かろうなんておこがましいにもほどがあるから、
あきらめて死になさい
なんていったい誰が言えるっていうんだ。

いくら論理を駆使したところで、そんなもの通用するのか。
そもそもそれが通用したところで何の意味があるだろう。
論理で納得してもらえたらそれでいいのか。
そんなわけない。
臓器を受ける側にとっては、それがすべて。

でも私は臓器移植には反対する。
これが今の私の思い。
自分の身近なひとが臓器を受けないと助からなくなったとき、
私はどうするか。
今は、こういえる。
臓器は貰わない。あきらめるのだ。
私が頭で考えて、出した結論。

2009/6/17(no.1)
前置き書くだけで疲れた
最近更新しすぎだと思うんだ
基本的に本読んで、何かを感じなきゃ何も書けないブログだし、
自分の中では月に2,3回更新できれば、
それでいいかなとか思っていた。

気を取り直して…
くっそう、何書こうとしてたか忘れた。
何なんだこの記事、どうすんだ。
とりあえず思い出せる範囲で書く。

どっかで正社員と非正規社員についての面白そうな考察を読んだ。
どこで読んだか忘れたので、とりあえず大事そうな所だけ書いとかなきゃ。
(2009/6/24 データ見つかった。経済セミナー2009年6,7月号だ)

20年だか、30年だか前の正社員数が3300万人ぐらい。
そして今の正社員の数も変わらずそれぐらい。
実は、非正規が増えたとかいっても、そのせいで正社員がいなくなったとかそういうわけではないようだ。
ともかく、絶対数で見れば、昔と比べると
正社員の数はそのまま
非正規が1000万人程度の増
よって、企業は1000万人分の新たな雇用を作ったことになるとのこと。

やったこと・思ったこと
正社員の数が変わらないっていっても、人口は増えてるんだから
その分増加してないとだめなんじゃないのか
と、思って生産年齢人口(15-64歳までの人たち)を調べてみた。

平成19年が8300万人
20年ほど前に当たる昭和60年が8250万人
30年ほど前の昭和50年が7580万人

やばい、20年前と人口あまり変わってない。
でも、非正規が増えて正社員の門がせまくなったっていうよなあ。
なんでだろうなあ。
なんでこう実感と合わないんだろうなあ。

いろいろ疑わしく思えてきたので、
正社員と非正規の絶対数を調べてみようと
厚労省の統計を探してみるが、割合しか見つからず。
しかもそれを探すのにもやたら時間がかかる。

データがどこにあるか分かりにくいんだよ!
無駄に統計の種類多いし、何が何だかわかんないんだよ!
まったくこれだからお役所仕事は…くどくど…

結局何もわからなかった。
まあ正社員の数は昔から全然変わってないよということで、
何事も思い込みだけでしゃべってはいかんといういい例だ
ということで適当にまとめておこう。

うむ~、どうも納得いかんな…
Secret

プロフィール

bq69pd

Author:bq69pd
以前に鳥取で大きな地震がありましたため、日本一危険な国宝とされるあれ、投入堂はしばらく見ることができないかと危ぶまれてましたが、実は今年の4月に開山されてたんですよね。危険ではありますが上がっていくと見晴らしはすばらしく、一見の価値はあるんではないかと思われますよ。私もちゃんとのぼったよ。

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