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ヘッセ『シッダールタ』訳:高橋健二

すごかった。
こんなの書けるとか、
ヘッセは成道したの?
って思った。

仏陀(になる前)を描くけど、
旅する青年の成長物語として、
友情あり、恋愛ありと、
楽しめる内容。

最後のゴーヴィンダとの出会いと、
そこでの言い合い。
まさにクライマックス。
最高に盛り上がってた。

教えを学び、
悟りの扉を開きかけるところまでいって、
遊蕩生活にはまって、
堕ちたと思ったら、
高みへ上がる。
昇華されたね。
アウフヘーベン。

この真実を得ようとする姿勢、
教えの中になんぞ大したものはねぇよ、
実感として悟らなきゃダメなんだよ、
っていうこの姿勢。
これまじ実存主義ちっくじゃない?
「私にとって真理であるような真理を見出すこと、私がそのために生き、かつ死ぬことを願うような理念を見出すこと」
これじゃない?
キルケゴールを必死に
追っかけてた頃を思い出した。
いや昔話にしたいわけではないけど。

絶対の真理や理念というのは、
たぶん言葉とかを超えてしまってる。
正直なところ、
私は真理を探してはいない。
できるだけ本質を見たいとは思う。

でも絶対の真理はない。
というか私には見えない。

見えてないから私という存在は定まらず、
信念は揺らいでばかりいる。
どう考えても迷いだらけの人生を送ってる。
わけわかんなくて嫌になるほど。
迷うのが嫌で嫌で仕方がなくて、
それで真理とかいうものに
少しでも触れなきゃと思ったけど、
そう簡単に教えてくれるものじゃない。

誰かが本当にそれを知ってるなら、
そしてそれが「伝えられる」ものなら、
とっくの昔にそれは人類に共有されて、
人々は安らかに生きているに違いない。
でもそんな風にはなってない。

いっぱい本を読んでる哲学の研究者でも、
みんな悟ってるわけじゃない。

本だけ読んでても悟れないってことは、
なんとなく気づいてきた。
必要なことだとは思ってるけど。

経験も大事だ。
シッダールタみたいに。

でもやっぱり私は躓くんだなぁ。


一つの石を私は愛することができる、ゴーヴィンダよ。一本の木や一片の樹皮をも。――それは物 だ。物を人は愛することができる。だが、ことばを愛することはできない。だから、教えは私には無縁だ。教えは硬さも、柔らかさも、色も、かども、におい も、味も持たない。教えはことばしか持たない。たぶんおん身が平和を見いだすのを妨げているのは、それだ。たぶんことばの多いことだ。解脱も徳も、輪廻も 涅槃も単なることばにすぎないからだ、ゴーヴィンダよ。涅槃であるような物は存在しない。涅槃ということばが存在するばかりだ (p.153)


ほんとうに大事なことは、
言葉で与えられるものを
そのまま受け取ることではなくて、
きちんと自分のヴィジョンとして、
根底に据えて、
あらゆる行動が、
それに統制されうるような、
根源的な思想、
そういうものを得ようとする姿勢、
それは小難しい真理とか
そういう話ではなく、
たとえばあらゆるものへの
「慈悲」とか「愛」とか、
そういうものでは。

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bq69pd

Author:bq69pd
以前に鳥取で大きな地震がありましたため、日本一危険な国宝とされるあれ、投入堂はしばらく見ることができないかと危ぶまれてましたが、実は今年の4月に開山されてたんですよね。危険ではありますが上がっていくと見晴らしはすばらしく、一見の価値はあるんではないかと思われますよ。私もちゃんとのぼったよ。

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