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大黒俊二『声と文字』

大分水嶺
人類学者R・フィネガン提唱

分水嶺とは、
二つの川の流れを違った方向に分ける境界をなす山の嶺について言う。
その嶺を中心に川は別々の道をたどるようになる。



声と文字についてみたとき、
これまで存在してきた人類の社会は、
どれも声の文化から、
文字の文化へと「発展」を
とげてきたといってもよい。

先に言葉があって、
文字は後からでてくる。

口承文学・伝説とかも
古いものの代表みたいに出てくるし、
日本でも古事記は、
それまで口伝えなどで
断片的に残っていた
各地の伝説めいたものを
稗田阿礼が記憶・暗誦して、
それを太安万侶に
筆記させて完成している。

というわけでまず
言葉を話すことから
人々の文化というものは現れる。

しかしながら
いったん文字というものが現れ、
それが使われだすと、
声に依存していた文化は、
だんだんと文字を
多用するようになっていく。

口約束はあてにならないから、
文書で証拠として残したり。

話すだけだと
その場にいる人にしか
言葉を伝えられないから、
文書を作って大勢の人が
それを読むだけで
情報を受け取れるようにしたり。

情報が増えたり、
伝えたい相手が増えるにしたがって、
言葉のみの利用は
不便なものになっていく。
だから声中心の社会から、
文字中心の社会へと
「発展」していく。

一度文字が大きな基盤となった社会では、
再び声優位の社会へと
戻ることはない。
この有様が
「声と文字」の世界を
二つに分けてしまう
「分水嶺」と見立てられる。

つまり声から文字優位へと
変わっていく
「そのとき」が「分水嶺」となる。

そして文字優位へと
変わることで同時に、
合理性や論理性といった
近代的な思考様式が定着する。
これはまた古代ギリシアで
行われたような
抽象的な思想を持ち、
記述することをも可能とした。

以上「分水嶺」の大雑把なメモ。
西欧中世をメインにした議論と、
完全な未開社会・無文字社会から
文字の出現への移行の議論を
混同してないでもない箇所は
あるかもしれないが
まあ別に間違ったことは
言ってないだろう。

声から文字へという変化は
結局自分が伝えたい情報を
どういう媒体で伝えるか
という問題であるから、
次の移行があるのかはわからないが、
頭の中に直接自分のイメージを
相手の中に伝えるとか
できるようになったら、
さらに便利かな。
攻殻機動隊とか
よくSFなんかで
出てきそうなあれだよね。

本の情報も
一発で読みもせず直接頭ん中に
ぶちこんじゃうとか
できれば便利だろうなあ、
でもそれじゃ味気ないって人もいるか。
まあ使い分ければいいだけだね。
しかし世の中情報量が
どんどん増えてきて面倒で。
その割りに
たいして賢くなってる感じがしないとか
言ってしまうのは
傲慢なことなのかなあ。
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以前に鳥取で大きな地震がありましたため、日本一危険な国宝とされるあれ、投入堂はしばらく見ることができないかと危ぶまれてましたが、実は今年の4月に開山されてたんですよね。危険ではありますが上がっていくと見晴らしはすばらしく、一見の価値はあるんではないかと思われますよ。私もちゃんとのぼったよ。

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