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中沢新一・波多野一郎『イカの哲学』

……大助君は漁師達の網が、丁度、うまくイカの群に出会ったら、ひと網で数トンのイカがとれるという話を、ある漁師から聞いたことがありました。大助君はこれらのイカ達に同情いたしました。と、申しますのも一回の投網によって、数万のイカに死をもたらすとあっては、漁師達の網はこれらのイカ達にとっては、全く一つの原子爆弾のようなものであります。……「もし、彼等イカ達が漁船の近くにやって来て『後生だからどうぞこのままお助け下さい。どうぞお願いだから、この生命だけはお助け下さい。お願いです。』と、叫んで命乞いをはじめたら、一体、どういうことになるだろう。……大助の頭には、人間界のことが浮んで来たのでした。「うん、そうだ、それと全く同じ情況が人間界の中で起ったのだ。人間共がお互いに戦争していたのも、そんなに遠い昔のことでもないのだ。丁度、漁網がイカ達の頭上に投げられた如く、原子爆弾は広島及び長崎の上空で爆発したのだ。それでは原子爆弾や戦争は、漁業と同じことなのだろうか? 否、それは、同じことではなくて何か相違がある筈だ。」(pp.56-57)

この後は、
食べなきゃ生きていけないから仕方ないじゃないか
でもイカだって生き物なのになんで
→→そうだ、どんなにちっぽけでも生き物にはみんな実存があるのだ!
→→→普段はその実存を気にしてないから人間は生き物を簡単に食っちゃうことができるのだ
世界平和っていうのは、あらゆる生き物の実存を認め、ひいては遠く離れた異国の人の実存まで認識できるようになることで実現される!!

となっていく。
はっきり言ってしまうと、
論じてる内容自体は別段特別なものでもない。
そこそこありふれた、
少し楽観的すぎる見方である。



さて続きを述べる前に、
この本について簡単に紹介したい。

もともと波多野一郎が
1965年に私家版として発行した
『イカの哲学』を、
中沢新一が自分の論文を
おまけにつけて出したといったものである。

導入から『イカの哲学』
まで65ページだが、
読む部分はそこだけである。
他はよほど暇でない限り読む必要はない。

そして読む部分も、
難解な哲学書というよりも、
一つの読み物として読んだらよい、
というか、
最初からそういう風になっている。

『イカの哲学』の言うこと自体は
驚くほどのことでもないが、
波多野自身の経歴と、
文体、中身のほのぼのさという
組み合わせは
かなり異色に感じた。

ただ、
そのあたりのことを
私から伝えるのはめんどいし、
たぶん無理そうなので、
感じたければ自分で読んでもらうとして、
あくまで思想面だけ述べよう。

『イカの哲学』がやろうとしたことは、
戦争とシベリア拘留の
過酷な経験を得た著者の
平和のためのピースをつかむことだった。
その結果、
彼自身はそれを理解した。
イカを通じて、
さまざまな生き物の
実存を感じることで、
平和への契機を掴んだのだろう。

人間だけでなく、
それ以外の生き物の実存を
感じることで、
改めて人間にかえり、
きちんと人間の実存を「本当に」
理解することができるという
プロセスである。
人間→生き物→人間

かたや
既存のヒューマニズムでは、
人間のことのみに終始して
他を考えないから、
実はうまく線引きすることができなくて、
境界があやふやになって
結局人類の間に
その境界が引かれることによって、
人間同士が相争う
ということになるのである。
戦争はそういうものだ。

最近だと
カダフィ大佐がいたリビアで
ごちゃごちゃやっていた。
争いはなくならないことを
感じさせてくれる。
不毛だ。
しかしここ最近は
西側諸国の力が圧倒的で
一方的な戦いが多い。
核武装する国でも出てきたら
少しは変わるかもしれない。
悪いほうに。

ところで「実存」という言葉がよく出てくるが、
これはこの時期の流行の言葉だっただろうな。
あまり深く考える必要はなさそうな気がする。

生き物を擬人化して
センチメンタルにしたように、
すべての人間に共感できるようになれば、
他人も自分と同じぐらい
大事にしようと思えば、
平和にもなるかもしれない。

だがそんなことが
できっこないのはよく知っている。
人間にそれだけの能力があったら、
最初から争いなどなかったろう。
それができないから争ってる。

やはり育ちのよさと、適切な教育が、
彼をここまで優等にしたのだろう。
だからといって
彼のことを
馬鹿にしているわけではない。
彼自身はすごいことをした。
彼は彼の真理に
たどり着けたのではないかと思う。

だが誰もが
彼のようになることはできないし、
仮になれたとして、
その世の中がどうなるか、
今とは比べ物にならないだろう。
良いほうか悪いほうかもわからない。
優等生ばかりの世の中では
人間滅びてしまうかもれない。
役割というものがある。
この話もややこしいから
また別の機会にしよう。



それにしても中沢のほうは
ちょっとひどいな。
倫理的な神話があるから
古代人はみんな倫理を持ってたとか。

狩猟にもルールがあって、
人間は動物と共存云々。
もうこういうの聞き飽きた。

どうせ誰にも
確認しようがないからって
勝手に妄想でいい話語られてもね。

昔は昔で生きるのに
必死だっただけだろう。
今だってみんな必死で生きてるだろう。
倫理がどうとかいう問題じゃなく、
人の行動は基本的に状況に合わせて、
そのときそのときで
ベストと思う行動をとるだろう。

優しい神話が残ってれば、
それを残した人たちは
みんな優しかったっていうのはおかしい。
感動的なストーリーを
大量に生み出せる我々が
後世にそれを残してやれば、
たいそう倫理・道徳にあふれた
すばらしい人たちだったと、
あと何百年・何千年先の人類は
回顧してくれるんだろか。
おかしくて笑っちゃう。



なんだか最初に
書こうと思ってたことが
うまく書けなかったと思う。
考えを表現するのは難しいもの。
またそのうち。

とか言ってるうちに
今考えてることなどすぐ忘れる。

あ、これ書きながら蚊殺した。
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bq69pd

Author:bq69pd
以前に鳥取で大きな地震がありましたため、日本一危険な国宝とされるあれ、投入堂はしばらく見ることができないかと危ぶまれてましたが、実は今年の4月に開山されてたんですよね。危険ではありますが上がっていくと見晴らしはすばらしく、一見の価値はあるんではないかと思われますよ。私もちゃんとのぼったよ。

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