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『濁世の仏教』水上勉(ミズカミ ツトム)・中村元(ハジメ)

仏教について
幾分か知りたいと思いつつ、
しかしいきなり
専門的なものは読む気もしないし、
対談ならさくっと読めるかと
手に取った次第。

むっずかしいな。

タイトルの「濁世」って
しばらく「しょくせ」って読んでたけど、
正しくは「じょくせ」。
ああ、読みも濁るのか・・・。

意味は「濁りけがれた世。末世。」
ということで、
本の内容は、
この腐りきった現代において、
仏教はどうなんだ、
どうすんだというようなことを
語り合っているようなもの。

思想的に、特に珍しいものは
見つけられなかったけれども、
真面目に考えていけば
いつも辿りつくようなあの結論。

つまり、教義だけでなく、
現実に苦しんでいる人々がいるのを
何とかしなきゃならん、
というのと、
組織というのは腐っとる、
というもの。

いつまでたっても言われ続けることだけど、
いつまでたっても解決される気配はない。

oooooooooooooooooooooooooo

ただ考えさせられるのは、
こういうときに偉いとされる人というのに、
実は貴族クラスの人間が多いということ。

釈迦も王族の出身とは、
知らなかった
(いや正確にはどっかで聞いたことはあるはずだけど忘れてたんだよ、ほんとだよ?)。

インドの偉い坊さんというのは、
バラモンクシャトリヤの出が多い。
それぞれカースト制度上位の、
僧侶と王族のこと。

別にこういうのは
仏教に限ったことではなくて、
どの分野でもそう。
トルストイだってこれで悩んでた。
普通に考えれば当然で、
身分の低い、
金もない人間は、
悟りなんぞに付き合っている暇はない。
貧乏暇なし。

有閑階級こそ、
進歩的な、
高尚なものなどの担い手になる。
パンを得るために
時間を割く必要がないからこそ。
最初から立っている場所が違うのだ。

無論例外はあるが、
今ここでそんなことは問題でない。
所詮例外は例外。
しかしそうだからこそ、
多かれ少なかれ、
こういう人たちは
理論と実践のギャップに
悩むのであろうなあ。

もっと言うならば、
こんな本を読んだり、
こんなブログを書いたりしてる
私自身もまた
恵まれてるところがあるわけだから、
あんまり物知り顔に
言えることでなかったりするね。

さて、
量的にはもう一つの記事として
十分だと思うんだけど(笑)
この内容だと
この本をとりあげて言う
意味が薄いからもう少し続けよう。

oooooooooooooooooooooooooo

最近、
一つ疑問だったことに、
なぜ坊主というのは
あんなゴテゴテと
偉そうな服を着ているのか
というのがあった。

これについて
ほぼまとまった形で答えが出ている。
p.218-219より。

どうも日本だけで
金襴(金糸を縫い付けて模様とったりしてるやつ)
みたいなのがあるらしい。
他の国では基本ねずみ色とか地味で粗末。

福田衣(ふくでんえ・袈裟だ)で、
釈迦が、
お前らはみんなが捨てた
ぼろをつないで着ろ
と言ったとこからきてるらしい。

だからああいう田んぼの形になったんだけど、
日本では金襴の田んぼになったと。

インドの言葉では
カシャーヤと言うそうで、
濁った・渋い、の意味らしい。
単色じゃなくて、

崩れてるのが格好悪くて、
粗末だから身に付けろとなった。
「パンスクーラ」とも言って
「よごれた衣」みたいな。

中国にいくと
「糞掃衣(ふんぞうえ)」
とかいう名前が与えられたとか。
糞を掃く、である。
すごい名前だ。

これで
袈裟のゴテゴテっぷりに
少し納得がいった。
布をつなぎ合わせていったら、
ぶあつく、
ごつくなっていくんだろう。
でもあんまり高そうなのを見ると、
コノヤロウとか思っちゃうかもしれないな。
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