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『人生論ノート』三木清

有名な哲学者の書いた本。
何を言っているのかは
ほとんど理解できなかった。
(まあいつものことだ。)

翻訳書とは違って、
ちゃんと日本人が書いたものなんだから、
普通に読めるだろうと思ったんだけど、
西洋譲りの専門用語が氾濫してて、
読みにくい。

実はこの時期の日本人哲学者の著作を
全く読んだことがなかった。
西田幾多郎も和辻哲郎も九鬼周造も、
全然読んでない。
いつか読もうと思いつつも読まなかった。
そんな本はいくらでもあるんだけれど、
薄くて読みやすそうな
この本が目に付いたので手に取った。
8割方理解できなかった。

∮∮∮∮∮

最近の人間は
幸福とか全然分かってないんだって。

何が幸せか分かってないから
エピキュリアン(享楽家・快楽主義者。エピクロスっていう哲学者がいたんだけど以下省略)がわんさといるんだよ。

娯楽ってのはまさにそれを象徴してるね。
娯楽と幸せは一緒じゃないんだっつの。
ただの会社員が絵描いたり、
音楽やったりすんのは娯楽だけど、
画家や音楽家にしてみれば
そりゃ娯楽じゃない。

これが勘違いなんだ。
つまり「生活」と娯楽は
完全に分離したものになってて、
「生活」の中に楽しみは全くないから、
娯楽という「生活」とは
全く切り離されたところに快楽を見出す。

「生活」とは、
言い換えるならば、
専門であって、
娯楽はその外にある。

そうそう、自分の好きなことは
仕事にするなって言ったりするけど何か似てる。
いや、それは置いといて、
そんなんだから、
娯楽を専門にするようなのも出てくる。
でも娯楽が「生活」になって、
やっぱりそれが娯楽じゃなくなって・・・。
とうとう純粋な娯楽とかいうのがでてくる。
純粋な娯楽って何なのかね?
多分みんなにとって
娯楽になりうるようなものなんだろうけど、
具体的には難しい。

とりあえずここで言えるのは、
自分がそれを作るのに参加するものでなく、ただ外から見て享楽」(p.123)
するものであり、
彼等が参加しているというのはただ、彼等が他の観衆とか聴衆の中に加わっているという意味である」(p.124)・・・です。
分かるような、分からないような。

この後も大衆大衆って出てくるから、
大衆批判か。
大衆になることが純粋な娯楽なのか。

思うんだが、
大衆というのは、
野次馬根性と
集団に生じるくだらない一体感から
なっているんじゃないか。

だから大衆が
もし純粋な娯楽であるとすると、
彼らはいつもその娯楽を
享受せんがために(そう、この娯楽は享(う)けとるものなの)、
気分を満たしてくれる
手ごろなものを見つけようとしているんだ。
忌むべき娯楽だ。

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本当はもう少し広い範囲で
まとめたり見解を述べようと思ってたんだけど、
結局、一点集中攻撃のようになった。
結果・目的と共に、
経過・プロセス・手段を「発明」しないと
「生活」がよくならんらしいよ
って話もあったけど、まあいいか。

この本はちょー分かりやすく
易しく書かれてるらしいんだけど、
その中でもさらに読みやすくて面白いとこを挙げるなら、
「嫉妬について」なんかいいんじゃないかな。
たったの5ページ。
1つ1つのトピックは短いんだよ。
色んなのがあるから、
気になったのを読めばいいんじゃない。
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bq69pd

Author:bq69pd
以前に鳥取で大きな地震がありましたため、日本一危険な国宝とされるあれ、投入堂はしばらく見ることができないかと危ぶまれてましたが、実は今年の4月に開山されてたんですよね。危険ではありますが上がっていくと見晴らしはすばらしく、一見の価値はあるんではないかと思われますよ。私もちゃんとのぼったよ。

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