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『旧約聖書を知っていますか』阿刀田高(アトウダタカシ)

以前、私も旧約聖書を少しだけ読んで、
このブログで、何事かを書いたことがある。
結局その時はレビ記までしか読まないで、
いつか読むんだと思いつつ、
放置したままである。

私が旧約聖書を読んで書いたのは、
意外と面白い物語があるんだよと、
紹介してみたいような気になったから、
…だったと思う。

今、その文章を読む気にはならないが(笑)
阿刀田高の本を読んで、
私はますます恥ずかしい思いがする。

ためしに一つ引用してみよう。
場面は敬虔な父アブラハムが、
愛する子イサクを捧げよ、と
神によって告げられた後の有名なシーンである。

「お父さん?」
とイサクがつぶらな眸(ひとみ)をポッカリと開いて尋ねる。
「なんだ?」
「たきぎと火はあるけど、いけにえはどうするの?」
無邪気な声の中に、かすかな不安が潜んでいる。ここ数日の父の様子は、いつもとちがっていた。
当然の質問だろう。
イサクは何歳だったのか。父親を信じ、尊敬し、なんでも父に聞きたがる、いたいけな年ごろ……そう、五、六歳がふさわしい。
「神様が……用意してくれるさ」

(p.23より。「……」は略の記号ではない、念のため。)

別にどのシーンでもいいが、
有名なところを挙げつつ、
やはり小説家に書かせると違うな、と思った。
一つ一つ細やかに描かれていて、
場面がイメージとして鮮やかに映し出される。

この本が私にどれだけ衝撃を与えたかも知れないのに、
著者がまたこんなことを言う。

犬養道子さんの『旧約聖書物語』(新潮社刊)を読んだときにはショックを受けた。
――こんな本が書かれているんなら、もう私の出番なんかないのではあるまいか――
(p.308)

ものを書いていると
こういう思いに捕らわれることがしばしばあるのは、
分かるけれども、
それにしたってこの本は、
やはりよく出来ている。

木原武一が上手いこと解説しており、
彼に言わせると、
「基礎の基礎」が大事だということである。
「基礎」が一から始まるとすれば、
「基礎の基礎」はゼロから始まる。

これは私にもよく分かる話だった。
自分の書く字が美しくないので、
もっと上手く字を書けるようになりたいと思ったことがあった。
(今も思ってるけど。)
そこで基礎からと思い、
すぐ出来る練習帳というようなものを買ってみたのだが、
これがえらく実践的で、
上に簡単なお手本が示してあるだけで、
後は自分で真似て書いてみろという。

訝しげに下のスペースに書いてみるのだが、
お手本とは似ても似つかぬへたくそ字で、
かえって普段より汚いという有様であった。
最初がひらがなの練習で、
ページを少しめくっただけで、
見開き丸ごと使って手紙の練習とか言ってるので、
こりゃ無理だと思い、すぐに投げ出した。

文字なら普段からいくらでも書いている。
書いているだけで上手くなるなら、
こんなものは必要ない。

このときの私に必要だったのは、
基礎以前の基礎となるアドバイスだったのだと思う。
文章を書くとき全般の心構え、
書き順は大事とか、大きさがどう、位置がどうとか
そんなことだったのだろう。
(とか言いつつ、今も下手だったり。)

「基礎」とは言え、
実際に学ぼうとしたらわけ分からんというので、
そこに入ることなく、
やめてしまうことは多々あるものである。

そういうわけだから、
「基礎の基礎」なんてのがあると、
とてもありがたいもので、
そりゃあもう理解には大助かりなのである。
そしてこの本は、
旧約聖書における「基礎の基礎」として、
すばらしい価値を有しているのであって、
「日本語のわかる人ならだれでも理解できる」
とまで評されるほどのものなのである。

たまに下品だったり、
古いネタがあったりして、
気になる人もいるかもしれないけれど、
そこは目をつぶって、
読み通すだけの価値はあるはずなのである。

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