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『うその倫理学』亀山純夫

「嘘を本格的に論究した希有の倫理学者であるシセラ・ボク」(p.29)
という人が、こんなことを言ったらしい。

多くの哲学・倫理学者たちが懐疑論と決定論などをもちだして、嘘がかならずしも悪と断言できないというのは、嘘をつく者の視点からの議論だ……嘘がかならずしも悪くないという議論は、無意識のうちに嘘をつくものの道徳的・倫理的な自己弁明・自己正当化に陥る危険がある」(p.153-154)

私はこれに同意しない。
場面を一般的コミュニケーションの場に限定して、
私の考えを述べる。
「一般的コミュニケーションの場」の具体的内容については、
うまく説明できないので
各自適当に想像力をはたらかせてもらいたい。
始める。

たとえば人の心の中を常に知らされ続けるとしたら、
私は間違いなく他人との接触を避けるようになるだろう。
人がどれほどのことを考えており、
考えることができるか、
自分の心を観察してみれば誰にだって分かることだ。
いついかなる時もピュアな心を持ち、
よこしまなことを一切抱かない心があるというのは、
全く信じられない。

心の中でならいくらでも邪悪なことは思いつくし、
そんなものを無理に知ろうとすれば、
人間不信に陥りかねない。
思いつく方も、好きで思いついているのではない。
本人はそれを公開すれば
とんでもないことになると
分かっているから秘めているのである。

大切なのは、
その人が何を見せたがっているかであって、
その人の全てを知ることではない。
その人の全てが真実であるとすれば、
この世の全て、
それらが矛盾しようとどうしようと、
真実である。

私の考える真実とは、
その人の見せようとするものである。
それこそがその人の願いであり、
伝えようとするところの真実なのである。
それ以外は、その人にとって嘘だろう。

嘘が何なのか、
客観的定義が困難なのはもちろん、
主観的定義だってうまくいくとは限らない。
よく言う偽りの意志といったものも、
人の心を完全に捉えきれていない。
人は様々なイメージを持っているのであって、
その中のどれが真実でどれが嘘かだなんて
誰にもわかりゃしない。

本人だって無意識のうちに、
自分を構成しているものだろう。
強いて言うならば、
表出する行為が真実だ。
これは決定論ではないぞ。
嘘を善悪二元論で語ろうとしても、
答えが出る気がしない。

                              
くどくどと書き連ねましたけど、
要するに、
人は仮面かぶって演技してんだって話になりましたね。

第5章にも仮面や演技の話が出てきますけど、
ここで言ったのとは別物ですね。
しかし無視できない問題です。

とにかく、人の秘密を漁ってはいけないってことです(笑)
きっと誰も得しない結果が待ってます。
私が想定した場面というのは、
結局他人との交友関係において、
ということでよかったのでしょうか。

何だか本の内容とずいぶんずれているようです。
この本は嘘を通して悪を語っていると思いました。
あんまり真面目に読んでませんけど。
面白くないんだもん。
見た目のやわらかさとは裏腹に、
書いてあることはやたらと難しいです。

著者が「やっぱり堅く重たくなっ」たけど、
「私の中身が中身だから、やむをえない。」
とか開き直っちゃってます。

社会学や哲学に相当慣れ親しんでないときつい。
カントやヘーゲル、デュルケームにハーバーマスあたりに
詳しい人なんか読んでもいいかもしれません。

この本こそ嘘でしょ…
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bq69pd

Author:bq69pd
以前に鳥取で大きな地震がありましたため、日本一危険な国宝とされるあれ、投入堂はしばらく見ることができないかと危ぶまれてましたが、実は今年の4月に開山されてたんですよね。危険ではありますが上がっていくと見晴らしはすばらしく、一見の価値はあるんではないかと思われますよ。私もちゃんとのぼったよ。

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