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『悪を哲学する』編:大正大学総合仏教研究所「悪の問題」研究会

私も前に善悪について考えたことはありますが、
何が善とか何が悪とかは、
当然ながら分かりませんでしたね。

善と悪の本質を考えるとか時間の無駄だと思います。
善か悪か判断するのは自分ですればいい、
いやしなくてもいい。

行動に限って言えば、この問題は
自己責任として処理して構わないんじゃないでしょうか。
善悪という抽象的なところにこだわらず、
自分の行動に対して
どういう反応がもたらされるかを想像して、
自分の行動を決定する。

具体例を出して言うならば、
嘘をつくのが善か悪かなんていうのは、
言うまでもなくどちらかに限定することができません。
そりゃ観念的に悪だとか言う人もいるけれど、
私達の現実的、一般的な感覚からすれば
納得できないところが多い。

家族が末期がんだと知ってそれを告げるか、
友人に、おかしな奴に追われてるから
かくまってくれと言われ、
追っ手が自分のところにきたとき
正直に居場所を告げるか。

こういうときに
何が善で何が悪なのかという原理は
存在しないのだから、
それは善悪がどうとかじゃなくて、
自分がやりたいように、
自分で決断すべきです。

それともう一つ、
法律についてですが、
これに従うかどうかもその人次第です。
世の中には受け入れがたい悪法もたくさんあります。
犯罪が必ずしも悪だとは、思いません。
ナチスや治安維持法でも挙げておけば十分でしょう。

法に従うのが善なのだと、
貫き通すのは自由ですが、
その結果何らかのまずいことが生じれば、
悩むのは自分です。

人間には考える力があります。
従うことがどういうことか、
従わないことがどういうことか、
何も分からないなんてことはありえないでしょう。
人は善にもなれるし悪にもなれます。
どっちを選ぶのも勝手ですが、
その決断の瞬間に、
善悪の抽象論は何の力も持たないように思えます。

でも一番いいのは、
そんなきわどい選択を迫られるような事態を避けることでしょう。

本の評価がないですね。
私は勧めません。
坊さんが書いてるサルトル論だけは面白かったです。
多分ものの見方が私に近いからでしょう
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以前に鳥取で大きな地震がありましたため、日本一危険な国宝とされるあれ、投入堂はしばらく見ることができないかと危ぶまれてましたが、実は今年の4月に開山されてたんですよね。危険ではありますが上がっていくと見晴らしはすばらしく、一見の価値はあるんではないかと思われますよ。私もちゃんとのぼったよ。

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