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『日本辺境論』内田樹

「こんなに日本文化論が好きなのは日本人だけである」(p.22)
日本人は「日本文化論」が大好き(p.105)

の文章の方が惹かれるところの多い気がするのは、
やはり私も「きょろきょろ」しがちな
日本人の一員であることの証左でしょうか(笑)

『日本辺境論』というタイトルは、
中身を見るまでもなく
「日本文化論」であることは分かりますし、
普通なら完全スルー対象ですが、
著者が気になったので買ってみました。

彼はブログもやってますし、
研究者としては有名なほうでしょう。

本書では、
日本がいかに「辺境」的で
「辺境人」の巣窟であるかを説いていますが、
否定的なわけではなく、
まあ好きにやったらいいじゃないといった感じです。

分で言うのも変ですが、
私は日本人としては変わり者だと、
あまり「日本人的」ではないかなと
思って(うぬぼれて?)いたのですが、
そんなことはなさそうでした。

私は相対主義的で、
断定するのが苦手ですから、
何か一つの思想を掲げてる人を見ては、
すごいなあ、
何でだろう、

と感心すると同時に
不思議に思っていたのですが、
この考え方が「きょろきょろ」してる
日本人そのものでしたね。

とえば私は無神論者で
無信教ということにはしてますが、
それでも、
そちらに積極的に
コミット・着手しているわけではありません。

もともと
あやふやなものに対する信仰を
否定していった結果がこれだったので、
いざその立場を
自分の信条と理屈に合うように
構成していこうと思うと、
結局ある地点で
自分が否定していたはずの
「あやふやなもの」が出現するので、
それに気付いて以来、
私は地に足が付いてない感じで
ふわふわ中空をさまよっておるわけです。

一体何なの?
何に根拠があるの?

と、そんなものを問われれば、
もう口をもごもごさせながらどもるしかないのです。


う一つ、本書で気になったのが
日本人の学び方というところです。
ページ数で言うとp.126あたりから。

ものを学ぶにあたって、
知識ゼロの状態から、
いくつかの選択肢、何人かの師を比較考量し、吟味の上で、その中で客観的に見てもっともすぐれたものを採用するということをしていません。

師弟関係がテーマですが、
これがおかしくないのは、
学ぶ方(弟子)が
比較考量することもできないほどに
知識ゼロだからです。
これが、
国家でも個人でもそうなのだと言います。

著者自身の経験としては、
武道や能楽を習ったときのことを
例示してくれていますが、
私自身もそのような態度には覚えがあるというか、
まさにそんな選択、
決定をしたばかりだったりします。
ので、よく分かります。

く読み始めた本でしたが、
予想以上に身につまされる
内容ではあったように思いました。
身につまされると言っても、
悪いことだったからというわけではないよ。
でもやっぱり全体的に見て、
胡散臭さバクハツだと思いました。
納得できるような、できないような、
ていうかしてもいいのか…。

(「身につまされる」という言葉の用法が気になり、その場でググってみる。
どうやら「人ごとでなく感じられて、哀れに思われる」という意味らしい。
ここで「哀れ」とかそんなこと言ってないし、若干誤用気味か!?
要するに「他人事じゃねえな」的なニュアンスを醸したかっただけなので、
そのあたりは、各人察して呉れたまへ。)

『「日本人」という病』河合隼雄

まえこうじょう・前口上

ほんとはこっちの記事と一緒にしようと思ったんだけど、
意外と長くなったのと、
内容が思ったほど似てなかったため、別立て。
わざわざこんな前置きがあるのは、
本文最初の一文の関係により。

カテゴリも、
上の記事と一緒に「新書」にしとくかと思ったけど、
実際、文庫だし、「心理学」カテゴリ追加かなあ、
と思いつつ、やっぱり「社会学」に投入。

まえおきおわり

『「日本人」という病』というタイトルは、
中身を見るまでもなく…以下省略

著者は、
日本の臨床心理学者としてとってもエライ人で、
多分日本で、
一番有名な心理学者じゃないかと思います。

彼は「"日本人"という病を背負う私」と言い、
自らを患者だとしますが、
臨床心理学者の大家だというエラさ、
自分も同じ患者である
と言うことからくる共感性、
寄り添う感じがマッチして、
癒し系的な内容になっています。

多くの患者を直接見て、
体験してきた著者が、
人の心はどう悩み、考え、
揺れるのかといった様をやわらかく描出しており、
読んでいると、何となく落ち着いてきます。
色々と考え込むタイプの人にすすめたい本です。
(第1章)

第2章以降は、あうあわないが出るかも?
おもに意見の面で。
ん?
と思ったり、
何を言っているのかよく分からない
というところがなくもない感じです。

でもまあ、
私はおおむね同意です。
特に第4章なんていいですよ~。

自然科学と違って、神話の世界には「賭ける」ということが存在します。「私は、それに賭ける」と。「私は、地獄はあると思う」「死後の生命はあると思う」と。「嘘かもしれないけれど、法然さんの言うことに賭けた」とか。(p.252)

別に天国地獄の話に限る必要なんてありませんが、
人は、今の自然科学の中だけでは
収まらない部分を持っていて、
そこらへんに個性みたいなのを感じたりしますよね。

「私」という存在・個性を
保証したり支援してくれるような
「何か」があって、
人それぞれの「何か」に「賭ける」ことで、
「私の神話」は作り出されていくんじゃないでしょうか。

その際、
自分で見出したものが、
既にあるものに、
似ていたとしても、
それは気にしなくても、いいですね。

がんばって見つけた「私の神話」を
そう簡単に捨てちゃう「私」もいないでしょうし。





人が何に賭けてるかは、
あまり気にしないほうが(笑)
そんな、
おいそれと発表するようなものでもないでしょう。
「私の神話」とか、大体こっぱずかしいものになるに、
決まってるんですから。

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