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プラトン『クリトン』訳:sogo

クリトン
(SOGO_e-text_library)

ネット上をサーフィンしていたら、
偶然にもこんなところに着いていた。
ついつい読みふけってしまったよ。
1時間もあれば読めるだろうから、おすすめ。
訳も読みやすいことになってるし。

簡単に解説すると、
ソクラテスが「言論で青年を惑わす」とかいう理由で、
裁判にかけられて、死刑判決が下った。
それで今、牢獄で執行を待ってるとこ。

それにしても、
大衆がやることは、単に偶然の結果に過ぎないんだよ。
とか、大衆に対する考え方って、
数千年経っても全然変わらないんですね。
でもこの時代にここまで言えるっていうのはやっぱり凄いように思えました。
馬鹿にするわけじゃないですけど、
一般にそこまで本が行き渡ってる時代ではないでしょう。
いくら議論好きだったとはいえ、
大したものですよね。

私なんかは、本がなきゃ何も学べやしなかったんじゃないかと思います。
一生何も考えずに生きてたかもしれません。
考えるにしても、底の浅いことしか考えられなかったでしょう。
議論だけで、考えを深めるのも案外難しそうですしね。
情報量とか受け取り方の問題で。
今、物事を深く考えられるようになっているかどうかはまた別の問題(笑)

さて、そんなことより、
彼が悪を悪として捉える、そのやり方は興味深いものです。


悪いことをされた仕返しに悪いことをするのは、大衆にとっての教訓であるけれども、これは正しいのかな。

僕たちは何人に対しても、仕返ししたり悪いことをしたりしてはいけないんだね。たとえ他人から危害をこうむったとしても、そうしてはいけないんだね。だけどねクリトン、君が言うことの真の意味をよく考えてほしいんだ。なぜって、この意見は今まで多くの人に支持されたことはないし、今後も少数派に留まるような意見なんだからね。それに、この意見に同意してくれる人としてくれない人の間では議論が成立しないんだ。互いの主義主張があんまり違ってるものだから、互いに軽蔑しあわずにはいられないんだよ。


このような考えを元に、
ソクラテスは脱獄出来たのに、しませんでした。
自分の生き方を貫いてますね。
だからと言って、
みんなもおとなしく殺されましょうなんて言う気はありませんけど。

彼の言うことは間違いなく理想論にすぎません。
彼自身理解しているように、
「今後も少数派に留まる」ものでしょう。
しかしです。
復讐のスパイラルを認める気にもなれません。
不毛ですし、それがなされた分だけ不幸が起こります。
だから、復讐はしないほうがいい。
不毛だと意識して、自分を抑えられるならそれは良いこと。
だけど、もしやるのなら、
せめてそれが不毛なことだという意識ぐらいは
持っておいてもらいたいものだと思います。

そんなことにどれほどの意味があるのかは、
私にもよくわかりませんが、
悪というものが、場合によっては認められるなど、
そんな馬鹿げた正当化がなされてはいけないと、
私は思います。
悪は悪です。

しかし私は悪を行うなと強制したいわけでもありません。
それこそ自己責任というやつです。
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『野の百合・空の鳥』訳:久山康

私はキルケゴール著作において、
キリスト教講話、それに類するものは興味無く、
読む気がなかった。

しかし読んでいた本に一緒に収録されていたので、
そのついでに、
斜め読みでもしておくかという気持ちで読み始めた。

…気づけば時間をかけてじっくり精読していた。
自分は重大な見落としをしていたのではないかという気がした。
これが、仮名の著者たちによって書かれた
美的著作と同じ人間によって書かれたことは、
いとも簡単に認められるような思いがした。

最初は、いつも通り、
何寝言を言ってるんだと思ったりしていた。
たとえば、
「空の鳥を見よ。播(ま)かず、刈らず、倉に収めず」――明日のことを思い煩(わずら)うな

鳥は将来のことなど考えず、
その日暮らしだけど、
それは神に養われてるからだ。
人間も見習え、みたいな話がある。

普通に考えてそりゃ無理だ。
神がいいようにやってくれるから気にするなっつったって、
現実の問題として、飢饉とか起きるだろう。

旧約聖書の創世記にだって、
ヨハネが夢で飢饉が来るのを知って、
ファラオに増税(年貢)と貯蔵を
進言する話があったじゃないか。

本当に彼の言う鳥みたいに
何も考えずに生きたとしたら、
そういうことが起きた時は、
それが神の意志だから黙って死ねということになる。

もっとも、狂信者に言わせれば、
そんなことになるのは、信仰が足りないからで、
真に生きる者は、
決してその生が途切れることはないとでも言うだろうか。

と、まあだいたい多くの人が考えるであろう様な
反論を抱きつつ読んでいたわけだけれど、

実際には鳥はそうだから
人間に比べて不完全だとかいう話になってくる。
人間がそういうことを思い煩うことができるから、
鳥とかの自然よりも優れてて、
人間の完全性がうんぬんかんぬん…
ということだそうだ。

困ったことに、そういうことにされると、
もはや反論のしようもない。
議論とかそういうものの域を超え出てしまっている。

このあたりを読んで、
キルケゴールの「素朴性」という話を思い出した。
彼は真のキリスト者としての
過剰なまでのストイックさを求めたわけではなく、
単に牧歌的で平穏な暮らし、
世界を望んでいただけだというお話。

この本に書かれてある内容は、どれも素晴らしいものだ。
宗教など関係なく、得心できる部分は多い。
人間は個々の人間のうちで比較するから不幸になるという話は、
今の「格差社会」というものに対して、
何事か考えさせずにはおかなかった。

もしこの本を、今、貧困にあえいでいる人たちが真剣に読めば、
彼らはどれほど勇気や希望を与えられ、
またキリスト教化されるだろう。
こういう局面において、宗教は本当に強い。

人間の理性や、人間の構築するシステムは、
いまだに人間を幸福にしきれていない。
さまざまな問題があるのに、一向に解決されはしない。
そこが今の人間理性の限界であり、
人間の情念に訴えかけるような宗教的なものの見方は、
ある意味で理性を超えていて、
理性の手の届かないところにまで、その手をのばす。

宗教の持つ絶対性は、
驚くべき強靭さをもった理論であり、
理性の解決できない問題を
解決したかのような錯覚を生みだせる。

もし人が錯覚の中でであれ、
幸福でさえあれば…と望むなら、
その時こそ宗教的なものは勝利するであろう。

(しかし今回はなんというまじめさだろう。いやいつもまじめだけど。笑)

『詭弁論理学』野崎昭弘

詭弁でものを言う馬鹿がうっとうしいなあ、ちくしょう

そんな思いでも込められてるんだろうというタイトル。
本書内で著者はしばしば毒づく。

ずっと身近な詭弁・強弁を挙げ続けるのかと思ったが、
途中で少し記号も出たりして、
考えさせられるところもあり。
それでいて最後は論理お遊びで締めくくり。

非常に読みやすく、
論理学入門として普通にすすめられる。
いやまあ初歩の初歩として、
論理学に慣れ親しむという程度にだけどね。

端的に言って、面白かった。
感想とかそれぐらいしかないんだけど、
せっかくだから、
この本に出てきた問題、
p.177以下、「死刑囚のパラドックス」
というところについて、
私が考えたことを適当に書いてみる。

☆☆☆☆MERRY CHRISTMAS!☆☆☆☆

まずは問題そのものについて。
と、ここで物語全てを記述するのには、
意味がないので、簡略化している。

ある人が、王様の悪口を言ったところ、
それが王様の耳に入り、彼は捕まった。
王様はとても怒っている。
その怒った王様いわく、

お前を死刑にしてやる!
明日(1日目)から7日目までの間、
どの日かが、お前の死刑執行日だ!
しかし、お前が「今日、自分の死刑が執行される」
と、分かっている日は死刑は執行されない。
私はお前が、いつ殺されるかという
恐怖の苦痛にあえぐところを見たいのだ!

何やらとんでもないケースだが、
気にしない。

ここで、彼は考え抜いたところ、
なんと必勝法を思いつく。
(関係ないけど、ライアーゲーム面白いよね)
それは一体どういうものなのか。

この問題の肝は、
彼が自分の死刑執行日を予測できれば、
それが行われることはないというところである。

ならば、7日目に死刑執行が行われないことは、
容易に理解されるだろう。

なぜならば、
仮に6日目まで死刑執行が行われなかった場合、
残る日程は7日目しかないのだから、
その日行われるであろうことが分かってしまう。
よって、7日目に執行されることは、あり得ない。

しかしそうなると、
今度は6日目の死刑執行が不可能になる。
5日目まで彼が無事であったとするならば、
前述の通り、7日目の執行があり得ないのだから、
その執行は間違いなく6日目。
このとき彼は再び、
自分の死刑執行日を予測してしまうのである。

では彼の死刑執行可能最終日は5日目か。
それも違う。
彼は6日目と7日目の死刑執行を
予測することが出来る。
4日目まで殺されなかった時点で、
彼はまた、5日目の死刑執行を予測するのである。

この推理を繰り返していくと、
結局、彼の死刑は行うことが出来ない。
唯一、推理のしようもなかった「今日」なら、
死刑は執行され得ただろうが、
それは条件として入れていない。

こうして、彼は死刑執行を免れる。
果たしてこれは正しいのだろうか。

まあ自分でも少し考えてみよう。
私からの回答は下に隠しておく。


続きを読む

Christmas Lights

クリスマスですね。
まあだからどうというわけでもないんですが、
雰囲気だけでも味わえるようなものを紹介しましょう。
というか、ここに置いとけば、
自分でもアクセスが簡単になるなあとか思ったり。

で、何を紹介するのか。
イルミネーションです。
見た方が早いですね。

wizards in winter 超絶イルミネーション
(上手く繋がらないことがあるみたい。
見られない人は下をどうぞ。
内容は同じです。
Christmas Lights Gone Wild

と、もう少し見やすいのが見つかりました。
家の電気を消したり点けたり。(検証用)
動画のコメントが邪魔なら右下の・・・をクリック。)

すごいですねえ。
全部コンピュータ制御なのだそうな。
曲名はWizards in Winter
アーティストはTrans-Siberian Orchestra
です。

これはサンフランシスコで毎年やってるイベントみたいですね。
ちなみにこのとき優勝したのは
Frisco Christmas Lights - Wizards in Winter
ですね。
忙しい鹿だ。

しかし他にも色んな家が参加したみたいですね。
音楽に合わせてイルミネーション


さて、まだこれだけではなくて、
次、いってみましょ。
今度はこちら。
Carol of the Bells - Frisco Square 2007
きれいな音ですねえ。しみじみ。

ではこっちはどうでしょう。
Sarajevo 2008 Symphony in Lights Contest Finalist! Marshalltown
ロックな感じ。かっこいい。
最初の天使いいね。
でも後はちょっと単調な感じがしちゃいますね。
ちなみに曲名はCarol of the Bells
これは上と同じTSOによってアレンジされたものでしょう。

それでは最後に、Carol of the Bells - 2007 - Christmas Lights in Chino, California
これはいい、飽きさせない。
それと下に2008年バージョンへのリンクがあるから、
気に入った人は、そっちもおすすめ。
あとついでに


いや全くyoutube便利だね。
適当に見てると時間を忘れてしまうから怖いわ

プロフィール

bq69pd

Author:bq69pd
以前に鳥取で大きな地震がありましたため、日本一危険な国宝とされるあれ、投入堂はしばらく見ることができないかと危ぶまれてましたが、実は今年の4月に開山されてたんですよね。危険ではありますが上がっていくと見晴らしはすばらしく、一見の価値はあるんではないかと思われますよ。私もちゃんとのぼったよ。

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