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大地震について

大地震の記述がごちゃごちゃしてて分かりづらすぎるので、
自分で勝手にまとめる。
他人に読ませることを第一義的な目的とはしていないが、
自分のために分かりやすくまとめるということなので、
興味のある人には有益…かな? 
(キルケゴールを全く知らない人が読んでも面白くはないだろうな)

それから、この記事ではキルケゴールの生年月日が結構重要だ。
1813年5月5日生まれ。念頭においておくべきデータである。

1. 大地震への予感

キルケゴール家はずっと死の影に付きまとわれていた。
父の最初の妻クリスティーネの死から、
1819年に次男が6歳、
1822年長女は24歳で、
そして1832年からいよいよ死霊渦巻き、
それはもう家内バイオハザードな事態に陥ってしまうわけである。

1832/9/10次女:33歳の誕生日目前、
1833/9/21三男:25歳、
1834/7/31母(年齢? さすがに33よりは上だろう(笑))、
1834/12/29三女:33歳、

兄弟たちはみな33歳を越えることなく死んだ。
この4つの死は、セーレン・キルケゴール19-21歳のときのことだ。
このことが彼の関心を神学から文学へ向けるきっかけになったと考えられている。

後に兄ペーターは語る。
まる二年余りの間、キルケゴール家の家族は、喪服に身を包んで、墓の傍に立ち尽くしていたかのようだった、と。

大地震の前から父のミカエルは(当事者なので当然だが)、
自らの罪を認識していた。
それが彼に熱心な宗教教育を子供たちにほどこさせたし、
またこの連続死で、子供たちは33歳よりも長く生きられず、
自分が最後まで子供たちの墓の前に立たされるのだろう
との信念を強めたのである。
そしてそういった固定観念は
兄のペーターやセーレンにも不安として伝染していった。
セーレンは日記に書いている。

なにかがまさしく陰鬱な姿で現れてくるという場合には、ありうべきあらゆる順境のただ中に、まず、これでよいのかという予感が頭をもたげるにちがいない。だがまだ人は、そのよくないことがなんであるのかをはっきりと自覚しているわけではない。しかし家族関係の中には、そういったことがあるにちがいない。そこでは、すべてを焼きつくす原罪の力が現れ、絶望にまで深まることもありうる。そしてこの予感は、予感の正しさを確証する事実そのものよりも、はるかに恐ろしい影響を与えるものである。


彼は家族の中に何かがあると感じ、
それは恐ろしい予感として彼に迫った。

2. 大地震とは何か
要するに父が自分の罪を子供たちに告げたことである。
その程度の認識で十分なのだが、一応もう少し述べておこう。
大地震はキルケゴールの遺稿に書かれていたものだ。
一部引用しておく。

大地震が、恐ろしい変転が起こって、突然、あらゆる現象の新しい、誤りない解釈原理が私につきつけられたのは、そのときであった。そのとき私は、私の父の高齢は神の祝福ではなくて、むしろ呪いであることを、また家族の優れた精神的素質は、ただお互いにしのぎをけずり合うためだけに与えられているのだということを予感した。私の父が私たちのだれよりも生きながらえなければならない不幸な人であり、彼自身のあらゆる希望を葬る墓の上に十字架が立てられているのを見たとき、死の沈黙が私のまわりに深まっていくのを感じた。罪責は、全家族の上におおいかぶさっているに違いない。神の裁きは、全家族の上にくだされるに違いない。私の家族は、消滅し、神の力強い手によって抹殺され、失敗した試みとして抹殺されるよりほかはない。


しかしこの大地震については、
他の日記や遺稿の文章で全然触れられていないので
詳しいことがさっぱり分からないのである。
これに関して4つの説を以下に示す。

・ これはキルケゴールが新しく小説を書くために用意したプロットだよ派
極端な解釈だと一蹴されている。

・ 22歳の誕生日(1835/5/5)に起きたんだよ派
W・ラウリーという人が『キェルケゴール小伝』の中で、
キルケゴールは大地震で精神の危機に陥ったけど、
ギレライエに旅行して、そこで実存の原体験をして復活したんだよ、と言っているらしいのだが、これも論証がなってないとか、お前は伝記物語としてつじつまを合わせたかっただけちゃうんかと、
却下されている。

・ ギレライエから帰ってきたとき(1835年秋)に起こったよ派
本命その1。精神覚醒したと思ったらこれだよ。
小川が上2つのトンデモ説を紹介しといて、
こっちを紹介してないのは気になるね。

・ 25歳の誕生日頃(1838/5/5前後)に起きたんだよ派
J・ヒンメルストゥルプという人が言ってるらしい。
本命その2。
大地震→精神危機→実存原体験の流れではなく、
大地震の予感→精神危機→実存原体験とする。

3. 時系列まとめ
やっと本題に入れる。
結局1835年秋説と1838年説で
順番はどう乱れるのかが知りたいのだ。
主要な事件をまとめておこう。


1832-1834年
4つの相次ぐ死
1835/8/1
ギルベールの断崖で実存の原体験

1835年末頃-38年3月頃
文学論に傾倒。
学生クラブ、カフェハウス通い、遊蕩生活。「破滅の道」
1838年1,2月頃の日記
「ほとんど死者のごとく生きている」
1838/3/13
恩師P・M・メラー教授突然の病死。

1838年4,5月
気持ちを改めて
「いかにして真のキリスト者になるか」
「いかにして真の人間として生きるか」
という本来のテーマに戻る。
1838/8/9
父ミカエル死去。


まずは、1835年秋に大地震があったとすれば、

子供たちの死→家庭内での不安→実存原体験
→大地震→遊蕩→教授の死→父の死

兄弟死んで、
家の中暗くなって、
旅行で気持ちが上向いて、
帰って大地震でまた落とされて、
しばらくぐれて、
メラー教授の死で目を覚ます。
最後には父が死ぬ前に和解も済ませてて、
話としては上手くまとまってる。

次に大地震が1838年だったとすれば、

子供たちの死→家庭内での不安→実存原体験
→遊蕩→教授の死→大地震→父の死

このときの大地震は精神回復と見る。
教授の死と、大地震のダブルパンチで目を覚まして、
心機一転、自分のやるべきテーマへ! ということらしい。
でも実存の原体験でものすごい決意をしたはずなのに、
何で帰ってきて遊蕩生活に突入してるんだろう。

まあいくら考えても答えは出そうにない。
実は他にも判断材料があって、
大地震を記述した書簡が
1838年の日記のまとめから出てきてて、
内容的にも1838年説にかなり有利な証拠になってる。
ストーリー的には、1835年秋説っぽいけど、
状況証拠から見ると1838年説だな。
これは難しい。

私は元々1835年秋派だったけど、
今は分かんないな。
腑に落ちないとこもあるけど、
1938年説もありそうではあるし。
大穴狙いで
単なる小説のプロットっていうのも悪くない気がしてきた(笑)


参考
小川圭治『人類の知的遺産48 キルケゴール』,講談社,1979.
工藤綏夫『人と思想19 キルケゴール』,清水書院,1968.
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雑文・日記 2009/8/11-9/30

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女神ミリアに関する考察 by BOF3

1. はじめに
ブレス・オブ・ファイア3から、
女神ミリアは何故滅びることになったか。
女神は実際に会うまで一体どういうやつなのか
よくわからないところがあった。
いやほとんど何も分かってはいなかった。
最後に女神と出会い、プレイヤーはある選択を迫られる。

・竜の力を捨て、女神と共に生きる
・自分の足で歩く

談だけど、こういう選択肢が出たら、
私なんかはついつい上を選んじゃうんだよね。
いやしかし、ラスボスの選択肢に悩まされるなんて
ドラクエ1以来でしたよ。
ええ、もちろんそのときは世界の半分を頂きましたよ。

回も悩んだ末、女神さんと相談して、
事を穏便に済ませようとしたんですけどね。
どうなったかって、短いエンディングがあってFinだよ。
終わりだよ。タイトルに戻ったよ。
まぁ、うわぁあああぁぁぁ・・・って感じにはなったかな(笑)
予想は出来たけどしまった! ってね。

んな選択は、どうでもいいことのように思えるかもしれない。
でもよく考えるとこれは案外悩ましい選択なんですよ。
もちろん下を選ぶのが「正しい」んだけど、
じゃあ何で正しいかって、
そこは考えなきゃいかんでしょ

2. 世界観について
あ基礎部分として、本当は面倒な説明なんて全部はしょって、さっさと本題に入りたいところだけど、一応軽く説明はしておこう。前にプレイしたけど忘れたという人も多いだろうからね。ここを読みながら雰囲気を思い出せたらいいね。

ずは日本みたいな島国を想像すればいい。周りが海に囲まれていて、外がどうなっているかが分からない。そういう島。文明のレベルはかなり低い。機械があるが、それは全部外の海から流れてくるものを流用しているだけに過ぎず、自分たちで作るのではなく、修理して何とか利用しているというところ。

こで少し変わった登場キャラを考えなくちゃならない。竜とガーディアンだ。竜はものすごい力を持ってる。舞台となっている島など軽く吹き飛ばせるのではないかというほどのもの。ガーディアンは神(女神)の僕(しもべ)。昔、竜族とガーディアンとの戦争があって、竜族は滅んだことになってた。実際のところ、竜族は力はあったが世界(島)をどうかしてやろうというつもりはなく、あっさりガーディアンたちに殺されまくった。大量に殺された。これがゲーム開始前の歴史ってことになるかな。

ゃあ次は、ゲーム開始後からのいきさつ。
主人公は滅びたと思われていた竜族の生き残り。色々あってガーディアンの「ガーランド」を仲間に加えて旅をする。(この時代にはガーディアンも彼ぐらいしか残ってない。)

かしガーランドの本当の目的は主人公と戦うことだった。ガーランドは主人公に戦いを挑むが、圧倒的パワーによってねじ伏せられる。そしてガーランドは疑問を持つ。これほどまでの強さを持った竜族が、過去の戦いで何故あっさりとやられていったのか。自分たちに竜を滅ぼせと命令していた女神の目的は一体なんだったのか。ガーランドは、女神の真意を確かめようと決意し、主人公と共に女神に会いに行こうと、再度旅を共にするのであった。

3. 女神ミリア
、最後にミリアと会う。ミリアはなんで竜族を滅ぼしたかったのか。まずミリアがいたのは、外海、普通ではたどり着けないような場所だ。いざ着いてみれば、島の中にこもってたら、一生知ることのなかったであろう世界がそこにあった。そこは一面砂漠だったわけだね。その砂漠の荒野の中に、島にはない超技術を集めたような、しかし無人の都市があった。女神はその中にいた。たった一人で。

女は何をしていたか。生命を守ろうとしていた。生命とは、人間や人間でないもの、モンスターも、とりあえず生きてるもの。大昔、技術はずっと高いレベルまで発展したけど、人々はその力で戦争して勝手に自滅した。

の戦いのせいで、世界が砂漠化しようとしたけど、女神は島となる世界を切り離して、超えることの出来ない海の中に閉じ込めた。そうしてその島が砂漠化するのを防ぎ、生命を守った。もうみんなが余計な力を持って、争わないように、最低限の機械(スクラップ)を流して、さらに生き物の化石に自分の力を送るなどして、争うには足りないけど、生活は豊かになる程度の恩恵を与え続けた。健気だね(笑)

も彼女にとって都合の悪い連中が出てきた。それが竜族。そいつらはとんでもない力を持ってて、島の生命を守りたい彼女からすれば、もう不安で不安で仕方ない。なんせそいつらが力を発揮しようものなら、島の生き物ごと全て吹き飛ばしかねないから。竜族も愛すべき生命ではあったけど、彼女にとってはより多くの生命を守ることが優先されたようだ。

から女神はガーディアンに、竜族を根絶やしにしろと命令した。ガーディアンたちは特に疑いもせず、神の命令に従った。宗教みたいなもんだね。神は絶対だから疑う理由なんてない。数学の公理みたいなもの。それを否定したら全てがだめになる。神は彼らにとっての存在理由だ。でもガーランドはそれを疑ってのこのこやってきた。竜一族の生き残りを連れて。

4. 決断
て、主人公には2つの選択肢が与えられる。
もう島には戻らず、力を捨てて、女神のもとでひっそり余生を送るか、
女神の庇護を否定して、勝手にやりたいようにやるか。

神をシバいたら、もう島を守ってくれる神はいなくなる。楽な生活も出来なくなるだろう。砂漠化の危険も出てくる。なかなか大変そうだ。主人公だけが力を捨てて、女神と一緒に暮らすことで、それまでの生活が守られるって言うなら、別にそれもありなんじゃない?と、一瞬思ったりもした。でもそれじゃバッドエンドで終わってしまう(笑)

の神を退場させる理由を考えてみた。
神を殺すと島の生命は色んな恩恵を受けられなくなる。ちょっと生活が大変になる。どのくらいかって、これは私の想像でしかないけど、ある日石油がぴたっと止まるぐらいじゃないかな。

もそれ以前に神は、別に何の気もなかった、ちょっと周りより強い力を持ってたってだけの竜族を皆殺しにさせてる。まさに世界は犠牲の上に成り立っている。でもそれでいいんだろうか。また似たような連中が現れたら、またやっつけるのか。しかし結局、集団と集団との戦争では、生命は嫌でもそれに巻き込まれざるを得ないだろうし、ましてやそれが力を持った連中同士であるというならなおさらじゃないか。

体、ただ力を持ってて危険だから死ねというのが気に入らない。不安なのは分かるが、その不安を明確に敵意として表せば、相手だってその気がなかったとしても、その敵意に応えるように、力の利用を考えるのではないか。それでみんなが不幸になるなら本末転倒だ。


の例が正しいのかどうかはわからないが、力を持ってる連中は殺せというのを現実で考えるとかなりえぐいことになりそうな気がする。今の世界で強者といえるのは、先進国の人々だと思う。こんなわずか何割かの人間のために多くの途上国の人間が犠牲になっているとすれば、私たちは死すべき存在かもしれない。でもそんな理由で殺されるのなどまっぴらだ。というか意味が分からない。偶然先進国に生まれたものは皆、そのことによって死なねばならないのか。先進国の人々をみんな殺すことに成功したとして、次はBRICsやんのか。その次はVISTAか。そんなもん繰り返してたら守らなきゃならない人間なんていなくなるんじゃないか。


た長くなってきたし、そろそろこの話もまとめよう。
女神ってのは、いつまでたっても子離れしない母親と同じだ。いい加減子供の成長を認めやがれ。わざわざヤバそうな奴を殺してくれなんて誰も頼んでねーよ。滅んじまったらそのときはそのときだ。ガキの喧嘩に手ェ出すなボケ。よし終了。神には退場していただこう。

5. 神はどうすればよかったのか
ちゃくちゃ強引なまとめで切っちゃいましたけど、
じゃあ女神さんはどうするべきだったんでしょう。

ず過去の超文明が崩壊して人もたくさん死んじゃいました。
砂漠化しました。
だから越えようのない海で島を囲って、
砂漠化から守りました。
何にもないと大変だから、
ちょっぴりエネルギーを流したりもしました。

分この辺まではよかったんだと思うよ。
やっぱり竜族皆殺しがまずかったよ。
あらゆる生命をわが子のように大事にしてたのは分かるよ。
でもそれを自分で殺しちゃダメじゃないですか。
うらみもうらまれもするし。
そういうのは簡単には消せないですよ。

事者じゃなくても、端から見てれば、
それなんかおかしいだろって思いますし。
あぁ異端者はこうなっちゃうのかあって見せられたら、
次はわが身か?
なんて思ったりなんかもして。

し自分には危機がないと分かってても、
そういう妙に不寛容な神に管理されてると思うと、
気持ち悪いです。

って、私の回答としては、
神は舞台づくりを終えたら、
おとなしく隠居しとくべきだったんですよ。

上、これくらいでミリアの考察を終えたいと思います。
最後にゲームの中ではどんな理由がつけられたのか見ておきましょう。

主人公
力を捨てると…自分が自分でなくなる気がしていた

なるほどアイデンティティーですな。

仲間の一人(賢樹ペコロス)
お前の世界では生命は、「死なない」だけだ…
それだけでは、「生きている」とは、言えない…


いいこというじゃないか、このたまねぎめ。



bof3のストーリーはありきたりなものです。
似たようなのはいっぱいあるので、
一つの答えを持っておけば、
これからまた私神様なの、
なんて抜かすようなのが出てきても、
安心してぶっ飛ばせますね(笑)

今回の神は、
やってることがかなり矛盾してたこともありますが、
私がここで述べたことの要点は、
自立とか自由ってことです。

私はプレイしててミリアと島の住人の間に、
母と子のような関係を思い浮かべたんですけど、
多分、同じことを考えた人は多いんじゃないでしょうか。

だからといっては何ですけど、
上の論理が通用するのは、
子は親から自立するもんだっていう価値観がある限り、
ということになりそうな。

もし親と子はずっと一緒にやっていくもんだ、
なんて価値観が出てきたら、
ミリアはそれほど間違ってないことになる感じはします。
ただミリアの場合、少し過激すぎましたけど。

ミリアが殺しなんてやってなければ、
案外彼女を認める意見は多くなるような気もします。
だってただの便利屋さんだもの(笑)
庇護が成長を阻害するとか、
管理されてることの気持ち悪さっていうのをどう捉えるかでしょうね。

それにしても、女神ミリアって、
戦闘前は超美人ないかにも女神って風貌なんですけど、
戦闘になると見事なまでに化け物化するんですよね。

ラスボスだし雰囲気出しとけってことかもしれないんですけど、
ちょっと残念な気がしないでもなかったり。
少しでもミリアに違和感を持った人でも、
その姿を見れば、
それだけで安心してぶち殺せますからね。

もう姿が絶対悪を体現しちゃってるから、
プレイヤーに残る印象も悪の面が強そうです。
まあそんなこともあって、
今回彼女を取り上げてみたんですけどね。
ぼろくそに書いたりもしましたけど
彼女には、確かに悪意は微塵も感じられませんでした。
結局価値観の違いといったところでしょう。

消える前に、神よ私はどうすればよかったのでしょう、
なんて言ってるのを見ると、
ミリアも弱い存在だったんだなあとか。
自分でも、私みたいな弱い力に、
竜なんて抑えられないのよとか言ってたし、
最初から自覚はしてたのか。

しかし結局最後は暴力で解決ってあたりが、RPGらしい。
話し合いで解決に持ち込んだらバッドエンドだもんなあ(笑)


どうでもいいけど、レベル50近くまで上げたから、ラストダンジョンの敵も弱かったんだけど、ミリアは最後ギリギリだった。ちょっと油断した。あと少しのとこで、破滅の光連発されたのはかなりあせった(笑)

政府債務残高が貯蓄額を下回ったとき、日本は破綻するか

これを書いたのは、紹介しようとかってよりも、
自分がなんか不安に思ったからです。
面白そうなことを言ってる人もいるし、
そういうのをちょっとまとめてみたいと思いました。
日本は本当にだいじょぶなんだろかー。

そういうわけですから、
内容的には、コピペして、切り貼りして、
ちょこちょこっといじったぐらいなものです。
だから、UPするかどうかも迷ったんですけど、
時間かかったし、このまま封印しとくのがもったいなかったので
あげちゃいました。
(経済カテゴリが少なくてさみしいからとかもあったり…)

形よくまとめるために、私が述べるという形にしてますけど、
あんまり気にしないでください。
実際この記事読むより、参考にあげたほうを読んだほうがいいです。
(私もちゃんと読んだとは言い難いのだけど…)

体裁も普段とは違って読みにくいかもしれないけど(人によるか)、
いつも風に変えるのもなあ。

それにしても素人の私がこれをまとめたのは失敗だったかなあ。
書いてて100%理解してるとは言い難いんだよなあ。
やばいなあ。
書くのはいいけどあげるとなると少し罪悪感が。
しつこいですけど、下の文章はほとんど切り貼りです。
理解が足らんなあ。

無知な素人が適当に切り貼りしたものなんで、
おかしなとこも多いかもしれません。
いや別に、批判しちゃダメとか予防線張ったりしてるわけじゃないですよ。構成したのは私ですし。
あげたものに対する責任ぐらいは持ちましょう。

しかし日本は大丈夫かなー。
円がただの紙切れになったりしないよなー。
インフレこえー。


1. 政府債務と貯蓄の現状
財務省発表によると、2009年度予算から見て、国と地方を合わせた長期債務残高は804兆円程度[1]になり、日銀の資金循環統計から貯蓄額が約1400兆円[2]あることが分かります。貯蓄の中には現預金の他、有価証券や保険の掛け金なども含まれています。
それではその1400兆円を実際に保有しているのは一体誰なのでしょう。多くは高齢者たちです[3]60代以上で約60%、50代以上で見れば80%を超えるほどになります。つまり実際に国公債を引き受けているのは、ほとんど彼らだということです。しかし今、その貯蓄が急速に減ってきていると言われています。主な原因には、少子高齢化と不況の2つがあげられます。
まず少子高齢化について述べましょう。一般的に経済全体で見て、高齢者の割合が増えれば、家計部門の貯蓄率は低くなっていきます。現役時代にお金をためて、老後の生活資金を蓄え、引退してからはそれを切り崩して生活資金に充てていく。その結果、現役世代の貯蓄率は高くなって、高齢世帯の多くは貯蓄率がマイナスとなるんですね。ただ、日本の場合は年金に対する不信感などから、高齢者世代が消費を控えがちなのに加えて、現役世代が少なく、ひとりひとりの負担が重いため、なかなか貯蓄率は上がっていません。
不況については周知の通りで、有価証券の目減りも併せて貯蓄はどんどん少なくなっている状態です。政府債務もこの不況の中、15兆円の補正予算を組んでみたり、なりふり構っていられない様子です。
 
2. 財政赤字とは何なのか
財政赤字の累積を放置すれば、利払い負担などで深刻な財政危機に陥るだけでなく、中長期的に見ても、国の経済成長の阻害要因になりかねません。過度の財政赤字は大きく分けて次の3つの問題を引き起こします。
1に、クラウディングアウトです。大量の公債発行によって長期金利が上昇し、民間投資を抑制します。結果的に経済成長は阻害されます。
2に、財政の硬直化です。財政赤字が積み上がったために、歳出に占める公債利払い費の割合が増加して、財政運営の自由度が低下します。そのため本来使えたはずの政策的経費が圧迫されてしまい、IT化、高齢化など、社会の変化に対応した、必要とされる社会基盤を十分に整備することができなくなってしまいます。
3に、膨大な財政赤字の存在は、一国の財政政策への内外の信頼を失わせることになります。大量の公債発行がインフレへの警戒感を市場に起こし、インフレ懸念と膨大な財政赤字は国家の信用力を低下させ、資金市場での公債に対する評価は悪化すします。これがさらに自国通貨を下落させ、輸入インフレを招くことになります。つまり円の力がなくなって、エネルギーや食料なんかが高騰するのです。
以上3つが、過度の財政赤字によって引き起こされる問題です。ところで日本はGDP比にして150%ほどの財政赤字を抱えていますが、なぜ上のようなことが、深刻な事態として未だ起こっていないのでしょう。本来ならば利払い負担で財政は破綻的状況に陥っていてもおかしくないはずです。しかしこの問題は割と簡単。日本の金利があまりにも低いせいです。日本は国際的に例を見ないような低金利で(とはいっても今は、昨今の金融危機でどこの国も金利をどんどん落としてますが)、利払い負担が格段に軽減されているんです。長期経済不況の中で民間の資金需要は低迷し、いつまでも金利は上がることなく、1990年代後半以降異常な低金利状態が続いているのです。したがって、日本は利払いのためにそれほど痛手を受けずに済みました。
それから基礎的財政収支(プライマリーバランス)についても少し言及しておきましょう。政府の歳入と歳出については以下の式で表わされます。
税収等+公債発行収入=一般歳出+公債費
ここでの一般歳出とは、公債費を除く歳出で、政策的経費を意味します。これを書き換えると、
税収等-一般歳出=公債費-公債発行収入
となります。ここで、左辺の税収等-一般歳出が、基礎的財政収支すなわちプライマリーバランスと呼ばれるものです。ここが黒字であれば、税収が政策的経費を上回っていて、上回った税収の分を公債償還に充てて公債残高を抑制することができます。実際に公債残高の額を減らすには、基礎的財政収支の黒字を利払い費と同じだけ確保しておかなければなりません。また、基礎的財政収支が赤字ならば、税収が政策的経費を下回っていることになり、その不足分を公債発行に頼らざるを得ないので、公債残高は増大することになります。
 
3. 政府債務と貯蓄のかかわり
そろそろ最初の問題に戻ります。高齢者の貯蓄が減り、民間の家計部門の貯蓄が落ちてきているのでした。このことを大きく膨れ上がった政府債務と共に考えたとき、大きな問題となってきます。先にも述べたように、これだけ厳しい財政状況の中で、わたしたちは政府債務膨張の歪みを直接感じることはありません。通常であれば悪性のインフレが起こっていてもおかしくないのに、それが起こっていないのは、低金利であることと、今はまだ国民が銀行に預けている貯蓄で国債を賄えているからです。問題となるのは、個人の貯蓄でこの膨大な政府債務を処理しきれなくなったときです。
これとは別に、実は他にも悪いケースが考えられます。それは景気が回復したときです。景気回復で悪くなるなんて、おかしく聞こえるかもしれません。しかしそれは国公債の買い手に大きく影響してきます。不況の時代には、皆が安心して国公債を保有します。それがいちばん安全だからです。株や不動産や資源なんかは怖いので投資しません。しかし景気が回復してくると、資金も国公債から、よりリターンの高い株や不動産などへシフトしていきます。こうした動きが、国公債市場に大きな打撃を与える可能性があります。経済が不況の間はそうした厄介な動きが起きにくい、という意味で、今はおかしな安定状況にあるとも言えます。
さて、ここまでは家計部門の貯蓄について見てきましたが、企業部門についても少しだけ押さえておきましょう。企業は今まで長い不況の中で、設備投資を抑え続け、資金をため続けてきました。そのおかげで政府は、企業部門からもその余った資金を国公債に使うことができました。しかし今になって、長らく設備投資を抑えてきた企業の資金需要が増すのではないかとの考えもあります。2006年に、一時的に資本設備の年齢(ヴィンテージ)が下がりそうな気がしたんですが、今また上がり始め、20081012月期で13.21歳となっています。いくら不況とはいえ、このまま放置されないでしょう。もし設備投資への資金需要が増して、国公債に回っていた企業の過剰貯蓄分が引き出されてしまったら、その分の債券が市場にだぶつく恐れがあります。
 
4. 貯蓄の低下の先にあるものは
このまま貯蓄が下がり続け、家計も企業も国公債に資金を供給し続けることができなくなるとどうなるのでしょう。ここから述べることは一つの可能性で、断言できる性質のものではないですが、一応述べときましょう。
まず最初に起きるのは、国公債価格の下落と金利上昇です。買い手がつかなくなれば、これはすぐに起こるかも。この金利上昇は悪い金利上昇です。さらに国公債の価格が下落すれば、国民の資産が毀損されることにもなります。そして日本の財政に対する不信感から、円の力が弱まり、悪いインフレが日本国内を襲うかもしれません。
こうした事態を避けるためにも、一層財政の健全化に対する深い考えが求められます。今は総選挙に向けて、政治があわただしくなってきてます。でもそんなことをしているうちにも、財政の深刻化はますます進んでいってます。まだ直接的な影響がそれほど出てきているように見えないからと、いつまでもこの問題を後回しにしておこうとすることには、懸念を示さずにはいられないところです。
 
 
参考
『経済セミナー200945月号』より土居丈朗「入門・財政改革の経済学」,日本評論社,2009.
重森暁・鶴田廣巳・植田和弘編『Basic現代財政学[新版]』より「第14 公債と財政政策」, 有斐閣,2003.
Voice20098月号』より伊藤元重「貯蓄率急落の先にある悲劇」,PHP研究所,2009,(記事はhttp://voiceplus-php.jp/archive/detail.jsp?id=178&pageStart=0から読めます。).
三井トラストホールディングス「わが国の政府債務ファイナンスの持続可能性とそのリスク要因」,http://www.chuomitsui.jp/invest/pdf/repo0509_6.pdf.


[1] http://www.mof.go.jp/jouhou/syukei/siryou/sy2104g.pdfより。
[2] http://www.boj.or.jp/type/stat/boj_stat/sj/sjexp.pdfp.5より。
[3] http://www.gamenews.ne.jp/archives/2009/01/post_4462.htmlでわかりやすくグラフ化されてます。


『Basic現代財政学』はなんと今年、第3版が出たようだ。
つい最近のこと。
ちょこちょこっと見てみたけど、
利用した部分の記述は大して変わってなかったから、まいっか。

十分条件と必要条件

十分条件とか必要条件とか、私はこの表現が嫌いだ。
何を言っているのかよくわからなくなる。
昔数学の授業で習った気がするが、
なぜこれが日常用語として出てくるのか理解できない。
見るとむっ、とくる言葉である。

前に帰納と演繹について語ったが、
それと同じぐらい分かりにくい。
分かりにくい上、帰納や演繹以上に、
この表現がぴったり合う場面というのがまたよくわからない。
この言葉が出てくるたびに、
この人は一体何を言っているんだろうと思う。
よって今回はこの言葉について説明を試みることにした。


十分条件は、あることに対する条件を完全に満たしてしまっているということであり、
必要条件は、あることに対する最低限の条件を満たしているということである。

十分条件だと言えば、もうそれだけである結果は導かれるということで、
必要条件だと言えば、それは条件として必要なものの一つでしかないということ。

実に分かりにくい。
数学や記号の世界にとどまっておけばいいものを、
何故評論やビジネスの世界にまで顔を出してきたのか。
誰だこいつに市民権を与えたのは!

このままにしておくわけにもいかないので、例を出そう。

りんご果物である。

上の例で言えば、りんご十分条件で、果物必要条件
りんごであることからはすんなり果物であると言えるが、
果物だからりんごとは言えない。

つまり、りんごであると言えば、
それが果物であると言うためには、もはや十分であり、

果物であるということは、
りんごりんごであるために必要な一つの要素でしかない。

りんごであることを説明しようとすれば、
果物であるというだけでなく、
もっと説明を尽くさなければ、
それがみかんかもしれないし、イチゴかもしれない
といった多くの可能性が残ってしまう。
だから、果物のほかにも、皮があるとか、木からなるとか、
色々な必要条件を積み重ねないと、りんごと確定できない。

この説明で分かるのか、どうなのか。
十分条件は、それだけで具体的事実を述べているが、
必要条件は、あくまで一つの、最低限必要なものでしかないということ。
しかし逆に言うと、
必要条件
を満たさないのなら、十分条件を満たすこともない。

2層のピラミッドを思い浮かべてみよう。
十分条件必要条件の上に成り立っている。
必要条件という土台が崩れてしまえば、
十分条件
も崩れ落ちてしまうだろう。

せっかくだから、自分でも考えてみよう。

果物でないものは、りんごではない

上に挙げた命題の対偶というものだが、
これについて自分でも、考えてみるといいかもしれない。
少しは自分でも頭を使わないと腐ってしまうよ。


最後に必要十分条件についても述べておこう。
必要十分条件とは、十分条件であり、かつ必要条件であるということである。
また分かりにくいことを…と思ったかもしれない。
実際分かりにくい。

要するに十分条件必要条件となったときのことを言う。
りんご果物で、果物とはりんごであると言えればいいのだが、そうはいかない。
別の例を出そう。

あるセールスマンが、契約10件のノルマを与えられたとする。
必要条件は何か。
それは1件以上達成すること。
ノルマ10件達成することとは限らない。
ノルマ1件達成も9件達成も必要条件
十分条件は10件以上達成となる。
これらを命題として表してみよう。

(ノルマ10件達成した)ならば、(ノルマ1件達成している)
(ノルマ20件達成した)ならば、(ノルマ10件達成している)
これは単に十分条件から必要条件が言えるだけのパターン。
逆は言えないでしょ?

(ノルマ10件達成した)ならば、(ノルマ10件達成している)
これが必要十分条件。どっちもいえるから。
十分条件必要条件になってる。


さて、これくらいで一通り説明できたかな。
でもこの知識を実践でどう活かそうか。
例題でも考えてみようか。

その問題は必要条件だけど、十分条件じゃないね。

こんなもんでどうよ。
実際こんなこと言われたら、そいつ張り倒してやりたくなるけども(笑)
要するに何が言いたいって、
なくてはならないことなんだけど、
でもそれだけで、ことは解決しないよみたいな。
そんな感じでいいっすか?

もうめんどいな。
後は各自、実践で対応しましょう。
私も理解できるようにがんばります(笑)


いやはや結構長くなったね。
正直、内容の正確性に自信がありません。
マジで。
もしどこか、ちげえよ! ってとこがあったら教えてください。
ほんとに。
たのむよ。
ばっちりあってる! ってお墨付きでもありがたいな。

これ何の話だったかな…

ちょっと気味の悪い話です。

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